王妃様の依頼
さて、どうしたものか……。
先程のサラ様との話を思い出していると、私のいる執務室のドアをノックする音が聞こえる。
「お嬢様、コラード様がお嬢様にお話があるとのことなのですが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
誰だっけ? コラードって……。
あっ、そうだ。サラ様と一緒に来たサラ様の教育係の人だ。
さっきの話し合いの時には、後ろに立っているだけで何も話さなかったけど……。
サラ様には聞かれたくない話かなぁ……。
「ええ、構いません。お通しして」
私が来客用のソファの方に移動すると、先程のメイドに案内されてコラードさんがやって来た。
「改めてご挨拶させていただきます。
サラ王女殿下の教育係をさせていただいております、コラードと申します。
この度は、なんの先触れもない突然の来訪となってしまい、アメリア公爵にはご迷惑をおかけすることになり、大変申し訳なく……」
勝手に王宮を飛び出したのはサラ様だけど、それを黙認した以上、全ての責任は教育係である自分にあると言って、碌に魔力を持たない子供の私に真摯に頭を下げる態度には、非常に好感が持てる。
基本、王宮であった人達は、皆私を侮る視線を向けていたけど、この人からはそういった印象は受けない。
王族の教育係といえば、それなりに敬われる立場のはずだし、特に子供に対してはもっと偉そうな態度をとっても不思議じゃないのに。
流石はあの王妃様が、自分の娘につけた教育係といったところか。
とりあえず、突然の来訪に対する謝罪を受け入れた私は、改めて今回のことについて、コラードさんから事の顛末を聞かせてもらった。
当然の事だけど、当初サラ様の研修先として決められていたのは、王妃様の実家であるボストク侯爵領だったそうだ。
「ただ、そこには一つ問題がありました。
それは、サラ様が満足に攻撃魔法を使えないことです。
隠しておくこともできないでしょうからお話ししますが、実はサラ様は単一の風属性でして、そのために風魔法以外の魔法は、生活魔法レベルでしか使うことができません。
ご存知かと思いますが、ボストク侯爵領は大変に武を重んじる土地柄です。
そんなところに行けば、ただでさえ攻撃魔法が使えないことで悩んでおられるサラ様の心が、平常でいられるわけがございません。
そこで私は王妃様と話し合い、サラ様の勝手な我儘を事後承諾するというかたちで、慣例に反したセーバ領での研修を実現させることにしたのです。
本来であれば、このような問題は他所に頼むようなことではなく、サラ様の教育係を任された私が責任を持って解決するべきなのです。
ですが、私の力及ばず、どうあってもサラ様に実用に足る火魔法や水魔法を覚えていただくことは叶いませんでした。
不甲斐ない話ですが、王妃様とも御相談した結果、ここは似たような問題を克服されたアメリア公爵のお力に頼るのが一番だろうという結論に至りました。
幸いなことに、アメリア公爵の元で学ぶことは、以前からずっとサラ様が望まれていたことでしたので……。
後は、サラ様のセーバ行の計画に対して、見て見ぬ振りをしているだけで事足りました」
つまり、今回の事はコラードさんの教育不足による不可抗力ではなく、完全な確信犯だったと!
そりゃあ、謝罪もされるか……。
それからコラードさんは、一通の手紙を差し出してきた。
「王妃様からでございます」
その場で確認すると、そこには形式張った丁寧な言葉で、今回の謝罪と、依頼と、交換条件が書かれていた。
要約すると以下の通り。
『今回の件は申し訳ないけど、死なない程度の無茶なら構わないから、うちの娘を鍛えてあげてちょうだい。
方法はアメリアに任せます。
その代わり、他所の貴族がセーバの街に余計なちょっかいをかけないように、私の方で馬鹿貴族共は抑えておきましょう。
それから、サラがセーバの街で何を学んできたとしても、その知識をサラから聞き出して勝手に利用するようなことはしないから、その点は安心してちょうだい。
では、よろしく頼むわね。
親愛なる叔母より』
う〜ん……。
この手紙を額面通りに受け取るなら、こちらとしても悪い話ではないかなぁ……。
王妃様は恐い人だけど……。
私が前世知識でやった色々も、文面から察するに結構バレてるっぽいし……。
でも、なんだかんだで私に良くしてくれているしね。
サラ様には王都でお世話になったし、魔法が使えない悩みは私にも共感できる。
それに、風魔法の使い手は、王族でなければ是非ともこちらでスカウトしたい人材だ。
どうもこの国の、この世界の人達は、風魔法の有用性がわかっていない。
私に言わせれば、僅かな魔力で空気を自由に操作できる風魔法は、軍事面でも生活面でも、恐らく最強の魔法なのではと思う。
サラ様が風魔法を自在に扱えるようになれば、手伝ってもらいたい事はかなりあるのだ。
いずれにしても、王妃様のお願いでは断れないしね。
やる気のない子は伸びないから、サラ様への最終確認は必要だけど、もしサラ様が本気で学ぶ気があるのなら、ちょっと鍛えてみるのも面白いかもしれないね。




