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【書籍】web版*旦那様は他人より他人です 〜結婚して八年間放置されていた妻ですが、この度旦那様と恋、始めました〜  作者: 秘翠 ミツキ


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七十五話



 ザームエルから死角になる席に着くと、さっそくリアが嬉々としてメニューを手にする。

 一方クラウスは、正直何かを口にする気分ではない。だが入店したからには頼まない訳にはいかないだろう。


「ねぇねぇ」

「何だい」

「ここは勿論、クラウスの奢りよね?」


 期待に満ちた目で見てくるリアに、ため息混じりに「ああ」と一言返した。

 別に奢りたくない訳ではないが、余りの緊張感のなさに呆れてしまう。


「やった〜! じゃあ、マッシュポテトとチキンとパスタにソーセージでしょう〜。クラウスは?」

「お茶でいい」

「え〜食べないの?」

「僕の事は構わないでくれ」

「腹が減っては戦はできぬっていうのに」

「まだ戦略を立てている段階だから不要だ」

「本当つれないわね」

「……頼むからもう少し静かにしてくれないか」


 ワザとかは知らないが、燥ぐリアに頭痛がしてくる気がした。


 品数の割には思いの外早く提供された食事に、リアはご満悦で手を付ける。

 クラウスはお茶を飲みながら、ザームエルの様子を窺い見た。

 距離は割と近いが、会話の内容までは流石に聞き取れない。分かった事といえば、雰囲気からして友人などではなく恐らく上下関係がある間柄だという事だ。

 ザームエルは現在一介の騎士に過ぎないので、部下ではない。後輩とも考えられるが、そもそも休日にわざわざこんな場所で会うのが不自然過ぎる。後は子爵家の使用人だが、話しなら屋敷で事足りるだろう。


(密偵の類かなにかか……)


 そう考えるのが自然だろう。

 もしかしたら、例の殺人未遂の犯人の可能性もある。

 ふとあの奇怪な手紙の内容を思い出し顔を顰めた。


『私達の天使がこのままでは、真に悪魔に奪われ穢される日もそう遠くないだろう。君の天使が穢され羽をもがれ堕天使となってしまった悲劇を繰り返してはならないと思わないかい? 今、天使を救済出来るのは君しかいない。悪魔を排除しなくてはーー』


 そんな内容だった。

 当然天使と悪魔は比喩であるが、明確に誰を示しているかは不明だ。

 ただクラウス自身が置かれている現状を当て嵌めるならば『私達の天使』はルーフィナで、『悪魔』はクラウスだろう。その繋がりを考慮すると『君の天使』はセレスティーヌといった所か。


 仮にこの推測が合っていたとしても『羽をもがれ堕天使』や『悲劇』など意味が分からない箇所もある。後者は事故を示しているにしても、前者は謎だ。そもそも奪われるやら穢されるやら、悪魔というより野獣扱いも良いところだとモヤモヤする。


 また他の手紙で『甘美で辛いリンゴ』との不穏な言葉を見つけた。これも比喩であり、クラウスが想像している物ならばかなり危険だ。但し、事前に知り得た事が不幸中の幸いと言えるだろう。


 それにしても以前ならあんな奇怪な文面を見たら、一瞬神話の話なのかと首を傾げていたに違いない。だがクラウスは、手紙を開いた瞬間理解した。何故なら例の恋文(ラブレター)の時に学んだからだ。これはそれではないが、仕組みは同じだ。


「……動くな」


 暫し考え込んでいたが、ザームエルと一緒にいる男が先に席を立つと店内から出て行った。更に数分置いてザームエルが席で支払いを済ませ立ち上がり扉へと向かった。

 クラウスは急いで店員を呼ぶとお金をテーブルに置く。


「お釣りは取っておいて」


 それだけ言って席を立つが、丁度完食をしたリアが「え、流石に多過ぎでしょう⁉︎」と口を尖らせた。

 だがクラウスが無視して扉へと向かうと後ろから「お釣り頂戴!」と声が聞こえた。それだけでも呆れるのに「これは俺が貰った物です」と店員に言い返され「良いからお釣り持ってきなさい!」と食い下がっていた。


(丁度いいから、このまま置いていこうか)


 ようやく身軽になったと内心喜びながら店外へと出た。

 クラウスが、ザームエルの姿を探そうと周囲に視線を巡らせた時だった。


「⁉︎」


 青く澄んだ大きな瞳と目が合った。

 

(どうして、彼女がここに……)


 いる筈のないルーフィルが目の前に現れ、一瞬思考が停止した。


「っーー」


 そして直ぐに彼女の隣にいる人物に気付き、頭に血が上る。

 

(何故二人が一緒にいるんだ。目的は何だ。ルーフィナをどうするつもりだ⁉︎)


「一体、これはどういう事ですか」


 隣の人物は、ルーフィナの手を確りと握っていた。彼女も特に嫌がっている素振りもなく、一見すると恋人同士に見えなくもない。

 ルーフィナは酷く驚いた表情を浮かべているが、隣の人物……いや、エリアスは飄々としていた。


「はは、奇遇だね。クラウス達もデートーーっ‼︎」


 クラウスは一気にエリアスとの距離を詰めると、ルーフィナの手を握っているそれを勢いよく掴みそのまま捻り上げた。


「クラウス様⁉︎」

「ちょっと、クラウスっ。流石にこれは、ないんじゃないかな」


 先程まで余裕そうにしていたエリアスの笑顔が僅かに引き攣っているのが分かる。

 ルーフィナよりも深い青眼が鋭く突き刺さるが、手を離す所か更に力を加えた。

 彼が王太子であり、これが不敬だと無論理解はしているが感情が抑えられない。


「クラウス様っ、やめて下さい!」


 そんな中、ルーフィナが叫んだ。 

 珍しく声を荒げ、クラウスの腕に縋り付く様にして触れ不安気な瞳で見上げてくる。その姿に我に返り、掴んでいたエリアスの腕を離した。


「……申し訳、ありません」


 だが未だに怒りが収まらず、形ばかりの謝罪を口にする。

 様々な感情が込み上げ、それは怒りだけでなく嫉妬や失望なども入り混じっていた。


「あの、エリアス様」

「ちょっと、クラウス! 早くしないと、行っちゃ……あら」


 ルーフィナが戸惑った様子で口を開いたと同時に、後方から呼びかけられた。振り返るとそこにはリアが立っており、クラウス、ルーフィナ、エリアスと順番に眺めると意味深に笑った。どうせろくな事を考えていないに違いない。


「ねぇ、クラウス、良いの? 早くーー」

「今はそんな事はどうでもいい」


 自分では抑えたつもりだが、思いの外感情的になってしまった。

 どうにも苛ついて仕方がない。焦燥感に駆られる。

 ただ今は一刻も早くルーフィナをこの場から離れさせたい。

 エリアスの思惑が分からない以上危険だ。こんな人目がある場所で何かをしでかす事は考え辛いが、リアもいるので否めない。

 ルーフィナを守らないとーー

 本能がそう言っている。

 それに彼女がエリアスの側にいるのが不快だ。

 

「少し落ち着いたらどうだい? こんな往来で見苦しいよ」


 その言葉にクラウスは拳を握り締めこれ以上怒りを露わにしない様に堪える。向こうもクラウスの心情を察したらしく、彼にしては珍しく睨み返してきた。

 張り詰めた異様な空気に周囲から注目され、遠巻きに人だかりが出来ている。良くない傾向だ。


「……ルーフィナは、僕が連れて帰ります」

「連れて帰る、ね」

「っーー」


 瞬間、エリアスが鼻を鳴らす。嘲笑するその表情が皆まで言わずとも物語っている。

 一緒に暮らした事もないのに? 

 そんな風に言われた気がした。

 言い返したい。だがそんな資格がないの事は、自分自身が良く知っている。

 世の中に別居婚をしている夫婦など探せば幾らでもいるだろう。現に政略結婚が大半の貴族は、都市部と領地で別々に暮らす者達が一定数いる。

 だがクラウスとルーフィナはそれには当てはまらない。

 

 クラウスは黙り込み奥歯を噛み締めた。そんな時だったーー

 

「クラウスっ‼︎ 後ろ‼︎」


 リアの声が鮮明に耳に響いた。

 瞬時に視線を巡らせると、人集りの中から一人の外套(マント)の男がこちらへ向かって駆けて来るのが見えた。


 油断したーー


 懐に忍ばせていた護身用の短剣に手を伸ばそうとする。だがクラウスはその手を止め、代わりに地面を蹴り上げた。何故なら男はクラウスではなくルーフィナへと狙いを定めていたからだ。

 

 彼女との距離なんてほんの数歩だ。

 エリアスに気を向け、僅かにルーフィナとの距離があった。その事に酷く後悔をする。


(間に合ってくれっ‼︎ )


 一瞬、周囲の音が消え失せ視界にはルーフィナと男しか映らなくなった。まるで何も無い世界に自分達しかいない感覚に陥る。


 ドスッーー


 我に返った時、鈍い音と共に背中に鋭い痛みを感じた。

 クラウスは男に背を向ける形でルーフィナを覆い隠す様に抱き締めた。

 

(ああ、本当に小さいな……)


 小さくて柔らかく良い匂いがする。

 こうやって彼女を抱き締めるのは何度目か……片手で数えて足りるくらいだろう。

 もっとずっと、もっと沢山抱き締めたい。

 ああ、そうか、初めからこうしていれば良かったんだ。何故か今、そんな後悔に襲われた。

 あの日、彼女に背を向けた記憶が鮮明に蘇った。

 


「クラウス、様……?」


 恐怖からか、ルーフィナは震えた声でクラウスを呼ぶ。その事に酷く安堵した。どうやら無事の様だ。


「ルーフィナっ……無事、かい? はやく、逃げ……っ」


 背中から短剣が抜けていくのを感じた後、生温い液体が背を伝うのが分かった。

 ああ、これは出血が酷いななどとボンヤリとする頭で考える。


「クラウス様⁉︎ クラウス様‼︎」


 全身から力が抜け重力に逆らえなくなった身体は地面に倒れ込んだ。

 視界が歪んでいき、泣きそうな顔の彼女を薄ら認識出来る。必死に何度も何度も自分を呼ぶ彼女が堪らなく愛おしい。だがーー


(泣き顔より、やはり君には、笑っていて欲しいな……)

 

 クラウスの意識はそこで途切れた。

 

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