六十三話
「これはまた凄い数だね」
あの後お茶会は無事終了した。
今は来客の見送りを済ませたクラウスとルーフィナは応接間で休息をとっている。
テーブルや床には所狭しと大小様々な箱が山積みにされていた。
「毎年、沢山プレゼントを贈ってくれるんです」
ルーフィナの言葉にクラウスは怪訝な表情を浮かべる。
これらは全てエリアスからの贈り物だ。
使用人達の手を借りながら全ての箱の中身を確認していく。後日、礼状を出す為だ。
靴やドレス、装飾品……しかもどれも高価な物だと一目で分かる。
(幾ら可愛がっている従妹かも知れないけど、普通はここまでしないだろう)
それにエリアスからのアドバイスではーー
『フィナは可愛いものが大好きなんだよ。でも華美過ぎるのは好きじゃないから、質素なものを好んでるかな。それにあまり沢山貰っても困るだろうから、邪魔にならない小さな物を一つ贈れば良いと思うよ』
まるで何かの謎掛けかと思うような彼の言葉に困惑をした。
可愛くて質素で小さな物。
そんな物はクラウスには思いつかない。
そもそもそんな風に言ったのにもかかわらず、本人は山のように高価で華美なプレゼントを用意している。支離滅裂だ。違和感を感じる。
「クラウス様?」
「あ、ああ、すまない。少し考え事をしていた」
暫し考え込んでいる間に、大量の箱は部屋の外へと運び出されていた。
改めてソファーに座り直すと、向かい側にルーフィナも座った。
「遅くなってしまったけど、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
分かってはいたが今日は邪魔者が多く、何だかんだで言うタイミングを逃していた。
リアもそうだがエリアスに始まりローラントまで一体どういうつもりなのか……。
「それで今度、誕生日の埋め合わせをさせて欲しい。今日はこれで許して貰えるかな」
クラウスは上着のポケットから小さな箱を取り出すと、ルーフィナへと差し出した。
「綺麗……。あ、もしかしてこれ、ガーベラですか?」
「君に似合うと思ったんだ」
箱を受け取った彼女が蓋を開けると、中からは五センチ程のブローチが現れた。
銀色のそれはガーベラをモチーフにしており、中心部にエメラルドを嵌め込んでいる。
いつかのお見舞いの時に、ルーフィナがガーベラの花を持って来てくれた事を思い出しこれを選んだ。エメラルドにした理由はーー
「クラウス様の瞳と同じ色なんですね」
「そうみたいだね、偶然だけど」
ルーフィナが言ったように自分の瞳の色だったからだ。
側にいなくても、これを見て自分の事を思い出して欲しい。そんな風に思ったが、今更ながらに気恥ずかしくなる。
「ありがとうございます、大切にしますね」
「気に入って貰えたならいい」
心情がバレないように、軽く咳払いをして誤魔化した。
「クラウス様」
「なんだい?」
「今日は、すみませんでした。折角誘って頂いたのに断ってしまって……」
「いや、君は悪くない。悪いのは邪魔した僕の方だ」
断られた後、ショックではあったが大人しく引き下がるつもりだった。
強引に休みをとっていたが無駄となり、いつも通り登城したまでは良かった。エリアスが「視察に行くよ」と言い出すまでは。
事前に知らされておらず不審に思ったが、着いた視察先はまさかのヴァノ家別邸だった。
「驚いただろう?」
「あはは、そうですね。でも皆さんにお祝いして貰えて嬉しかったです」
その後ルーフィナは、クラウス達が到着する前の話をしてくれた。他にも会えなかった間の話を互いに報告する。
まだ怒っているかも知れないと懸念していたが、思いの外穏やかな雰囲気にクラウスは安堵した。
この流れで切り出した方が良いだろう。
「ルーフィナ、君に謝らなくてはならない事がある」
急に真剣な面持ちになったクラウスに、ルーフィナの表情からは緊張が感じられる。
「以前、屋敷からの帰り際に君を……抱き締めてしまった事を謝罪したくて」
「え……」
彼女は予想外だったのか、目を見開き固まる。だが暫くすると今度は眉尻を下げた。
「クラウス様は、私を抱き締めた事を後悔されてるんですね……」
「ち、違うっ! そんな事ある筈ないだろう⁉︎」
真逆の事を言われ、思わず声を荒げクラウスは慌てて訂正をする。
「でも、謝罪したいって事は遠回しに嫌だったって意味なんじゃ……」
「それは僕じゃなくて君が、不快だったんじゃないかと思ったんだ」
「私がですか」
俯き加減だった顔をあげ、こちらを小首を傾げて見る姿は実に愛らしい。
彼女と二人で過ごすのが久々過ぎて衝動的に抱き締めたくなる。
言った側から本当に情けない。
「私は、嫌じゃなかったです」
「でも怒ってたじゃないか。その、教会で会った時に……」
「あ、あれは……」
「あれは?」
あからさまに視線を逸らし動揺をして見える。
「あれは、クラウス様が浮気していたからです!」
「浮気って……」
突拍子もない言葉にクラウスは面食らった。
「そうです。忙しいって言いながらいつもあんなに綺麗な方とお仕事されてて、本当はリアさんと楽しんでいたんじゃないですか? 普通の同僚同士には見えませんし、クラウス様、鼻の下伸びてましたし。今日だって」
「ルーフィナ」
彼女の場合言葉以上の意味はないと分かっているが、「楽しんでいた」その言葉に口元が引き攣る。これは完全に黒だと思われている。
いつもとは違う様子のルーフィナに戸惑いながらもクラウスは落ち着かせる為に名前を呼んだ。
すると思った以上に低く声が響き、彼女は驚いた様子でこちらを見る。
「あ……すみません、私……」
少し興奮していたルーフィナは我に返り小さな身体を縮こませ項垂れる。その様子に一つの考えが浮かんだ。
(もしかして、嫉妬したのか……?)
あり得ないと思いつつも、期待感に鼓動が早くなる。
「ルーフィナ」
「……はい」
「こっちにおいで」
二人の間には長テーブルを隔てた距離しかないが、それがもどかしく感じたクラウスは、ルーフィナを手招いた。
少し戸惑う素振りを見せたルーフィルだったが、おずおずとしながらもクラウスの隣へと座る。意図したかは分からないが人一人分間隔が空いており、クラウスは肩の触れる距離まで詰めた。
「ルーフィナ、君に大事な話がある」
「……」
「彼女は、女性が好きなんだ」
「え、はい?」
「だから、彼女は女好きで僕なんて眼中にないよ。勿論、僕だって全くもって彼女興味なんてないから。そもそも僕は浮気なんて絶対にしない」
真っ直ぐに彼女の瞳を見つめる。
リアの正体が男である事は秘密になっているので言えないが、これくらなら構わないだろう。多少言い回しに語弊はあるが……まあ肝心の恋愛対象が女性だと伝わればそんな事は些末な事に過ぎない。
「何故なら……」
そこまで言って言葉に詰まってしまう。
本当は素直に好意を伝えたい。
言うべきかそれとも余計な事は言わない方が良いのか葛藤をする。
この数ヶ月、仕事にかまけて会いに来る事もなかった。
(また僕は、彼女を放りぱなしにしてしまった……)
「クラウス様?」
急に黙り込んだクラウスに、ルーフィナは困惑した表情を浮かべる。
不安気に揺れる青く大きな瞳が美しい。
紫を帯びた銀色の髪も、陶器のような透き通るような白い肌も、柔らかそうな唇や小さな手ーーその全てから目が離せない。
不意に先程までの出来事が頭を過り焦燥に駆られる。
テオフィルが失脚した後は暫く穏やかな日々が続いていたが、ルーフィナがローラントと交流するようになり不穏さを感じている。
教会ではルーフィナから彼の腕を引いていたし、先程などあろう事にローラントが彼女にケーキを食べさせようとしていた。
あの瞬間、懸念していた事が実際に起きてしまったと焦りと共に怒りを感じた。
(ルーフィナは、僕の妻だ。絶対に手放さない)
クラウスは腹を括る。
「こんなにも愛らしい妻がいるからね」
不安気に揺れていた彼女の瞳は驚きに変わり、白く柔らかな頬はほんのり赤く色付いた。
「僕は愛らしい妻に夢中で、よそ見なんてする暇などないよ。それに仕事が多忙な事は嘘じゃないけど、もし他人に時間を使うなら君に使いたい。信じてくれるかい?」
これまでの自らの行いを思えば、彼女がクラウスを信用出来ないのは仕方がない事だ。
だがルーフィルは意外にも笑って頷いてくれた。
(僕は本当に、いつも彼女の優しさに甘えてしまっているな)
不甲斐ない気持ちがある一方で、温かさを感じる。そしてこれまで懸念していた事が消え、安堵した。
「ルーフィナ、もう一つ良いかな」
「?」
未だに頬を染めている彼女の肩を抱き寄ると、一瞬身体がピクリと震える。そんな彼女の耳元に唇を寄せた。
「好きだよ、ルーフィナ。本当はもっと君と一緒にいたいし、君に触れたい」
「‼︎」
まるで熟したいちごの様にルーフィナの顔は一瞬にして真っ赤になり、そのまま硬直した。
予想以上の可愛い反応に顔がダラシなく緩みそうになる。
「ルーフィナ?」
だが黙り込む姿に、次第に不安になってくる。
また間違えたかも知れない……。
「わ、私も、クラウス様が……好き、です」
「ーーっ」
「ずっと会えなくて、寂しかったです」
上気した頬、潤んだ瞳に上目遣いで見られ頭がクラクラとする。
彼女に目が釘付けになり逸らせない。
「僕も寂しかったよ。君の花のように愛らしい笑顔を思わない時はなかった」
身体中が風邪でも引いたように熱くて仕方がない。心臓が早鐘の様に脈打つ。
これまで社交辞令で歯の浮く様な台詞を何度となく言ってきたが、これは本心だ。無意識に口を突いて出た。
「ふふ」
「嘘じゃない、本当にーー」
恥ずかし気に笑う姿は、陽だまりに咲き誇る花のようだ。
世の中にこんなにも美しく愛らしいものがあるとは知らなかった。
(これは、重症だな)
ルーフィナを更に抱き寄せ身体を密着させる。
彼女の額に自分のそれをコンツンと合わせると、自分らしくないとクラウスも笑った。




