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【書籍】web版*旦那様は他人より他人です 〜結婚して八年間放置されていた妻ですが、この度旦那様と恋、始めました〜  作者: 秘翠 ミツキ


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六十話



 翌日ーー。

 クラウスがエリアス等と共に城内の廊下を歩いていると、前方から騎士装飾を身に付けた男が歩い来た。

 一つに束ねた長い金髪と青い瞳の彼は、クラウスよりも幾分か年上に見える。

 彼はこちらに気が付くと素早く廊下の端に移動し道を開けた。


「やあ、ザームエル。帰還していたんだね、ご苦労様」


 どうやら知り合いらしく、エリアスは親し気に声を掛ける。


「これはエリアス殿下。ご機嫌麗しゅうようで何よりです。先程、無事帰還致しました」

「何時も母上の我儘に付き合わせてしまってすまないね」


 話を聞けば里帰りする王妃の護衛隊の一人として毎回同行しているそうだ。

 クラウスは王妃とは面識はあるが挨拶程度だ。だが彼女が自尊心が高く我が強い人物だという事は知っている。

 国王との対面の際に、ライムントがたまに愚痴を溢していたのを思い出した。


「あぁそうだ。紹介がまだだったね」


 エリアスがそう言うと彼はクラウスに向き直り頭を下げた。


「私は騎士団に所属しておりますザームエル・ファロと申します」

「僕は」

「クラウス・ヴァノ……侯爵殿ですよね」


 不意に名前を呼ばれ目を見張る。彼とは初対面の筈だ。

 それに気の所為だろうか……。一瞬だが彼の目が鋭く見えた。


「僕の事をご存知なんですか?」

「はい、予々貴殿のお噂は聞き及んでおります。ずっと一目お目に掛かりたいと思っておりました」


 噂がどんな類のものかは分からないが、女性ならいざ知れず男性からこんな風に言われたのは初めてだ。少々反応に困る。


「それは光栄です。僕も貴方とお会い出来て嬉しく思います」


 当たり障りのない挨拶を交わす。

 その後、些末な世間話を終えたエリアスは満足したのか道を譲るザームエルの横を擦り抜け歩き出す。クラウス等もその後に続いたが、数歩歩いた所で呼び止められた。


「ヴァノ侯爵殿」


 何となしに立ち止まり振り返ると、彼の硝子玉の様な青眼と目が合った。


「貴方の様な優秀な方を伴侶に持った奥方殿は、さぞ幸せな事でしょう」

「……」


 わざわざ呼び止め突拍子もない事を言われたクラウスは怪訝な顔をする。

 エリアスとは顔見知りらしいが、自分とはこれが初対面だ。流石に不躾過ぎるだろう。それに何故ルーフィナの話になるのかが理解出来ない。

 目を細め笑むザームエルからは何の感情も読み取る事は出来ず、彼の意図は不明だ。

 

「……もう宜しいですか」

「えぇ、失礼致しました」


 

(一体何だったんだ……)


 一見すると穏やかな人物だったが、あの底の見えない笑みが不気味に感じた。

 だがただ単に変わり者なのかも知れない。実際たまにそういう人間はいる。性格や頭の良し悪しなどではなく、行動や思考が突拍子もない人間だ。そういう人間とは極力関わらない方が良い。後々面倒ごとに巻き込まれる可能性が高い。普段ならそうしている。だがーー。

 

「エリアス殿下」


 午後の業務を始めてまだ一時間も経っていないというのに、一息入れると言ってお茶を優雅に啜っているエリアスにクラウスは声を掛けた。


「今、再開しようかと思っていた所だよ」


 明らかに取り繕った返答に相変わらずだと思いながらも首を横に振った。


「いえそうではなく、少しお伺いしたい事がありまして……」

「おや、何だい?」

「私的な事ですが……」

「生真面目な君が業務中に珍しいね。構わないよ」


 本来ならば仕事が終わってから聞くべきだと分かっているが、モヤモヤとして仕事に集中出来ないでいる。それならばさっさと懸念を取り払う方が効率的だ。


「ザームエル殿の事です」



 歳はやはりクラウスよりも年上で三十半ば、子爵家の嫡男で両親は既に他界しており兄弟はおらず彼が子爵家を継いでいるとの事。

 また幼い頃より騎士団に所属しており、人柄も良く優秀で周囲からは期待されていたという。


「本来なら今頃、副団長くらいには就任出来ていた筈なんだけどね」


 だが彼は今現在特に役職もない一般の騎士だ。その理由はーー。


「それはどういう意味ですか」

「八年……いやもう九年前になるんだね。あの事故の責任を取り彼の出世の道は閉ざされた」


 あの事故とはーールーフィナの両親やマリウスが亡くなった時の事だ。

 彼はなんと当時、王妹夫妻の護衛を務め、更には護衛隊の隊長を務めていたという。


「不慮の事故ではあったけど、やはり責任を取らなくてはならないからね。彼の監督不行き届きで過失と見做され一時は騎士団から追放され貴族籍を剥奪とまでなったけど、彼の優秀さと人柄の良さは周知の事実だったからね。沢山の人間が彼を擁護し逃れる事が出来たんだ」


 確かに不慮の事故といえど責任は問われて当然だ。ましてその対象が国王の溺愛していた実妹だったならば尚更だろう。ただ彼自身の人となりのお陰で救われたという事か……。

 

 何となく嫌な感じがしたが、どうやら思い過ごしだった様だ。やはり彼はただの変わり者なのだろう。そんな風に納得する一方で、何故かまだ少しモヤモヤが消えずにいる。


「彼に関して僕が知っている事はこれくらいだよ」

「ありがとうございます、十分です。ーーでは殿下、そろそろ仕事を再開して頂いても宜しいですか」

「はは、本当に君は真面目だね……」


 爽やかに笑いながらもエリアスがため息を吐いたのが分かった。

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