五十八話
穏やかな昼下がり、中庭でお弁当を広げた男女四人は微妙な空気の中食事を摂っていた。
少し前に行われた校外学習以来、同じグループになった事をきっかけに一緒に行動する様になった。
正直、人と群れる事が好きではないローラントは鬱陶しく感じているが、彼女が嬉しそうにしているので仕方がなく付き合っている。
雑談をしながら美味しそうにサンドウィッチを食べている彼女をローラントは横目で盗み見た。
ルーフィナ・ヴァノーーローラントの従兄弟にあたる。ただこれまでは略関わりはなく過ごして来た。同い年なので無論学年は同じだ。それ故、学院内で彼女を見かける機会は多々あった。
そしてそんな時は決まって彼女は友人等に囲まれ楽し気に笑っていた。
親しい友人の一人もいない自分とは真逆だと思った。彼女のあの笑顔が何時も眩しかった……。
今その中に自分が居る事が奇妙な気分で仕方がない。
「ローラント様?」
気が付けば彼女が小首を傾げこちらを見ている。他の二人も数歩歩いた場所で立ち止まり待っていた。
暫し意識を飛ばしている間にどうやら予鈴が鳴ったらい。
「すまない」
ローラントは手元の荷物を手早くまとめ上げ立ち上がった。
その夜ーー。
「やあ、眠れないのかい」
指摘された様に今夜は頭が冴えてしまい中々寝付けずにいたので、適当に城内をぶらついていた。そんな時に面倒臭い人物と遭遇してしまったと内心げんなりする。
「兄上こそ、この様な場所でどうされたんですか? それに幾ら城内だろうと一人は危険です」
「はは、心配してくれるのかい。私は兄想いの弟が持てて幸せ者だよ」
大袈裟なエリアスの言動に一刻も早くこの場から立ち去りたくなる。やはり面倒臭い。
「でも、そう言う君も一人じゃないか」
「……俺と兄上は違います」
他意はない。ただ事実を述べたに過ぎないが、何故かエリアスは少し寂しそうに笑みを浮かべた。
「そうだね……。だけどたまには私だって一人になりたい事もあるんだよ」
手招く仕草をして中庭へと歩いて行くエリアスにローラントはため息一つ吐きついて行く。一人になりたいなら構わないで欲しい。
中庭へと出ると、手にしているランプの灯りが不要な程に夜空には月が煌々と輝いていた。
噴水の縁に腰掛けたエリアスの横に人一人分開けて座る。
「最近随分とフィナと仲良くしてくれているみたいだね。ありがとう」
唐突にそんな事を言われるが、別に兄から礼を言われる筋合いはない。何となくムッとした。
昔から兄は変わっている、苦手だ。嫌いではないが、好きでもない。だがそれでもたまに何故か羨ましく思う事もある。不思議だ。
「あの子は我慢強いから、心配なんだ」
エリアスの言葉にふとあの日の彼女を思い出した。
雲一つない青空と降り注ぐ眩しいくらいの日差しに似つかわしくない人々。
頭から爪先まで真っ黒な衣服を見に纏った人々は墓石の前に立ち並び俯いたりハンカチで目元を拭ったりしていた。そんな大人達に混ざり小さな少女の姿があった。大きな黒いリボンと黒いドレス、黒い靴を身につけた少女は泣く事もせずにただ茫然と墓石を見つめていた。
今思えば何か気の利いた言葉一つでもかけるべきだったと思うが、当時の自分は八歳で更に実年齢よりも中身が幼かったらしく、どうすれば良いか分からず彼女の背中を眺めるだけだった。そんな時、エリアスが彼女に声を掛けその小さく白い手を握った。
その後、程なくして彼女は一回りも年の離れた男へと嫁いで行った。
「……そうですか」
返答に困り適当に相槌を打ち会話を止めてしまった。
兄と違ってコミュニーケーション能力が著しく低いと改めて実感する。
別に話したい訳ではないが情けなくなった。
「そう言えば母上は、ヨハネスを連れて里帰りしているらしいね」
エリアスは特に気に留める様子もなく会話を再開する。
「何時もの事です」
ヨハネスとはローラントの二番目の兄で、ペルグランの第二王子だ。ジネットが溺愛しており、里帰りする際は必ず一緒に連れて行っている。
「……母上は、異様な程ルーフィナを嫌ってますよね」
母の話になり、そんな言葉が口を衝いて出た。自ら話題を提供するなんて自分でも驚く。
「フィナというより、叔母上の事を好いてなかったから必然的に娘のフィナの事も疎ましく思っているんだろうね」
ルーフィナの母のセレスティーヌをローラント達の母のジネットは昔から嫌っていた。それはローラントが生まれるずっと以前からだそうで、セレスティーヌが亡くなった今も尚、娘のルーフィナを嫌っているくらいだ。ただその理由をローラントは知らない。
「母上は何故そんなに叔母上を嫌っていたんですか」
「これは私の憶測でしかないけど、多分母上は叔母上が羨ましかったんじゃないかな」
「羨ましい……?」
「母上が極度の兄愛な事は知っているだろう?」
「はい、まあ……」
ジネットはペルグラン国に嫁ぐ前は、近隣にある友好国のデュクロ国の王女だったのだが、その現デュクロの国王の兄に頻繁に会いに行っている。一国の王妃が年に何度も国を空けるのは正直褒められた振る舞いではないが現状である。ローラントの父ーーペルグランの国王も大分手を焼き苦言を呈してはいるが、強くは出られずにいる。
そして正に今ジネットは里帰りの真っ最中だ。
「想いとは必ず受け止められるものではないんだよ」
「?」
抽象的な表現に、エリアスが言わんとしている事が理解出来ずローラントは眉根を寄せた。
「母上は伯父上が大好きだが、伯父上はそうではない。そして父上は妹愛だった」
「成る程……」
別に知る必要のない情報ではあったが、腑には落ちた。
要するに、兄から溺愛されていたセレスティーヌが羨ましかった。感情で表すならば所謂嫉妬していたという事だろう。……理不尽過ぎる。
「母上がヨハネス兄上を溺愛する理由は……」
「伯父上に似ているからだね」
「成る程……」
これまでまるで気にしていなかったが、ふと疑問に思い訊ねてみた。
何度か顔を合わせた事のある伯父の顔が頭を過ぎる。
納得はしたが、実に下らない理由だったと呆れた。
「ローラント、君も兄上大好きになって良いんだよ? なんなら今夜から一緒に寝ようか」
「……遠慮します」
「あれローラント? もう行ってしまうのかい?」
立ち上がりローラントの前で笑顔を手を広げるエリアスの横を擦り抜け自室へと戻る。背中越しに何度も名前を呼ばれたが、聞こえないフリをした。




