五十四話
馬車から降りて来たのはやはり彼だった。
ライラを始めとしたシスター等が慌てて駆け寄って行く。
「これは王太子殿下、お出迎えが遅れまして申し訳ございません!」
「いや、構わないよ。こっちこそ連絡もなしにすまないね」
「いえ、そんな! 王太子殿下でしたら何時如何なる時でも大歓迎です!」
少し大袈裟では? と思うが彼女達からすればやはり王族ともなると雲の上の存在である。それに教会には国から毎年多額の寄付がされているらしいので頭が上がらないのも理由だろう。
「やあ、フィナ! 久しぶりだね」
ライラ達と簡単な挨拶を交わしたエリアスはルーフィナに気付くと、嬉々として手を振りながら近付いて来た。その後ろには彼の側近やら侍従等がおり、無論彼も一緒だ。
先程まで張り詰めていた空気が妙な空気に変わる。
「ご機嫌よう、エリアス様」
「忙しくて会いに行ってあげられなくてすまないね。ずっと気に掛けてはいたんだ。でも元気そうで良かったよ」
「あーはい、ありがとうございます?」
予想外の言葉に困惑し思わず疑問符を付けてしまった。
確かルーフィナの記憶ではしつこくエリアスが訪ねて来ても門前払いしていたので、てっきりそれで諦めて来なくなったのだとばかり思っていたのに、どうやら違ったらしい……。
「それにしても偶然だね!」
「はい」
「もしかして郊外学習かい?」
「はい、まあ……」
「懐かしいな。学生時代を思い出すよ。そうそう私達は視察に来たんだよ」
「そうなんですね」
次から次に話し掛けられるがルーフィナは適当に相槌を打つ。全く頭に入ってこない。
何故ならルーフィナの意識はエリアスの後ろにいる彼に向いているからだ。
(クラウス様……)
久々に会ったクラウスに緊張してしまう。
(どうしよう……何か話さないと……)
この機会を逃せば次何時会えるか分からない。
どんなに些末な事でも良いから話したい。
早くしないと立ち去ってしまうとルーフィナは焦りながら思考を巡らす。
「あ、あの」
「おや、ローラントじゃないか」
クラウスに話し掛け様とするも、タイミングよくエリアスの言葉に掻き消されてしまった。実に彼らしい。
以前までは気にならなかったが、今日ばかりはムッとした。
「久しぶりだね」
「……数日前にお会いしましたが」
何処となく噛み合っていない二人に周囲は苦笑する。
「あぁ、そうだったね。それよりそれはサンドウィッチかい?」
「兄上達の分はありませんよ」
「ははっ、分かっているよ。それは必要としている人々に配る物だ。それくらいわきまえている。私はそんなに意地汚くないからね」
今のこの状況を知ってか知らずか、エリアスはそう言って笑った。
すると先程の男子生徒に再び視線が集まり、彼は見る見る顔を真っ赤にするとそのまま走り去って行った。
本人に他意はないだろうが、エリアスに助けられてしまった。
「あの、クラ……」
「初めまして〜」
気を取り直し今度こそクラウスに声を掛け様とするも、またもや邪魔が入る。
クラウスの隣にいた女性がルーフィナの正面に立った。
切長の目に青眼、落ち着いた色の長い金髪を後ろで束ねている。身長は女性にしてはかなり高くクラウスと変わらない程で、見た目はすらりとしていた。顔も端麗で正に美女だ。
「貴女がクラウスの奥様? 私、クラウスの同僚のリアです〜」
「リア」
彼女はそう言ってルーフィナへと手を差し出して来た。するとクラウスがその手を掴みリアをルーフィナから遠ざける。
「余計な真似をするな」
「あら、奥様に挨拶しただけじゃない。そんな怒らないでよ、クラウス」
まるで語尾にハートマークでも付いてるかの様に甘えた声を出すリアは、クラウスの腕に絡み付く。彼は嫌そうにしながら彼女を引き離そうとするも加減をしているのか意味をなさない。その様子を見て、実はクラウスも満更でもないのでは? と思った。
「っーー」
そう考えると二人がいちゃついてる様にしか見えなくなってくる。
モヤモヤいやムカムカーー色んな感情が溢れ出す。
この数ヶ月、クラウスは仕事が忙しくルーフィナには会いに来てくれていない。正直寂しさを感じていたが、仕方がない事だと我慢していた。なのに彼はこんな美女と一緒に鼻の下を伸ばしながら仕事をしていた……。
二人の様子からして絶対徒ならぬ関係に違いない。
何故なら普段クラウスは女性に対して紳士的で、こんなに風に雑な言動は見た事がない。同級生だったカトリーヌすらここまで親しげではなかった。まあただ単にルーフィナが知らないだけかも知れないが……。
何しろルーフィナはクラウスの事を余り良く知らない。
たまに不安になる。彼とは未だに別々に暮らしている。クラウスは離縁はしないと言ってくれたが、今のままお飾りの妻ならば何れ彼から見放されるかも知れない……。
それにしてもーー。
(クラウス様……楽しそう……)
その瞬間、胸が締め付けられ悲しいのに無性に苛立ってきた。
「初めまして! 妻のルーフィナです! 何時も夫がお世話になっております!」
力み過ぎて思わず言葉の端々が不自然な程強くなる。
クラウス達は目を丸くしているが、そんな事知った事ではない。
「お取り込み中の所申し訳ありませんが、まだ片付けが残っていますのでこれで失礼します! ローラント様、行きましょう‼︎」
そう言ってルーフィナはローラントの腕を掴み引っ張って行く。
「ル、ルーフィナ⁉︎」
背中越しに彼から名前を呼ばれたが、ルーフィナが足を止める事はなかった。




