五十三話
長い銀髪を高く結い上げ、簡易ドレスの上には白いエプロンを付けた。
姿見の前でくるりと回って見せればマリーやエマ達から賞賛の声が上がる。
「流石ルーフィナ様です! どんな服も着こなせますね」
今日はこれから校外学習があり奉仕活動をする為、制服ではなく動き易く汚しても問題ない恰好だ。
ワフっ‼︎
「ふふ、ショコラも褒めてくれるの? ありがとう」
尻尾をブンブンと振りながら擦り寄ってくるショコラの頭を撫でた。
準備を整えたルーフィナは、マリー達使用人等に見送られ馬車に乗り込むと郊外にある教会へと向かった。
一時間半余りしてようやく教会に到着すると、既に何人もの生徒等の姿があった。その中にリュカやベアトリスもいる。
「ルーフィナ」
こちらに気付いたリュカ達が声を掛けてきた。
ルーフィナと同様に作業し易い恰好だ。ベアトリスに至っては侍女服その物に見える。
「えっと、ルーフィナ様、ご機嫌よう……」
「ご機嫌よう、リュカ様、ベアトリス様……」
グループ決めをしてから何度か四人で校外学習に向けての話し合いをしてきたが、やはり未だに気不味さは拭えない。
黙り込む中、周囲の生徒等の話し声だけ聞こえていた。そんな時、教会の門前に一台の馬車が止まった。
派手さはないが一般的な物より立派な物だと一目で分かる。そんな馬車から降りて来たのはローラントだった。
訪れた教会には孤児院が併設されている。
事前に奉仕内容は各グループ事に決めており、ルーフィナ達は炊事担当になった。他には子供達との交流、買い出し、清掃などと分かれている。
教諭が各グループの希望を聞き振り分けたが、炊飯は人気がなくルーフィナ達四人しかいない。因みに一番人気は子供達との交流で、勉強を教えたり遊んであげたりするらしい。
「本日はお越し頂きありがとうございます。私はこの教会でシスターを務めております、ライラと申します。本日は炊き出しの日になりますので大変かとは思いますが、どうぞ宜しくお願い致します」
月に数度、教会では民衆へと炊き出しを行っているという。
ルーフィナ達は簡単な説明を受けた後、お昼に間に合う様に早速準備に取り掛かった。
「ローラント様、大丈夫ですか?」
先程から包丁を握り締め木板の上の芋を睨み微動だにしないローラントに声を掛けた。
「問題ない」
「でも……え⁉︎」
その時だった。
彼は包丁を振り上げると芋目掛けて振り下ろした。
厨房には刃物が木板と打つかる音が響き、一緒に作業していたシスター等が驚いてこちらを見る。ルーフィナも瞬間身体をビクリと震わせた。
「ローラント様⁉︎」
「仕留めた」
(何を⁉︎)
芋は真っ二つになっていた。そしてよく見るとその側にはハエが同じく真っ二つにされていた……。
(な、なるほど……)
納得はしたが顔が引き攣ってしまう。
もう少し穏やかに処理して欲しい……怖過ぎる。
「戻りました!」
「……」
その後、意外と手先の器用なローラントと下ごしらえをしていると、泥まみれになったベアトリスとリュカが戻って来た。
二人はライラに連れられて、教会の近くにある畑に行っていた。その手にはカゴいっぱいの新鮮な野菜を持っている。
生き生きとした様子のベアトリスとは裏腹にリュカはげんなりとしていた。
「見て下さい! このトマト! 色艶本当に綺麗で美味しそう! こっちのキュウリも立派だし、葉物も全部瑞々しいんですよ! うちの畑もこんな風なら……」
ベアトリスは作業台の上に野菜を並べながら上機嫌で話すが、ルーフィナと目が合った瞬間我に返ったのか「あ……」と声を洩らし俯いた。
暫し気不味い空気が流れるが、ルーフィナは少し身体の力を抜き息を吐くと赤く熟したトマトを手に取った。
「……本当ですね、凄く美味しそうです」
「‼︎」
ベアトリスは弾かれた様に顔を上げ、ルーフィナは笑んだ。
焼き上がったパンをカットして、その中に新鮮な野菜やマッシュポテト、焼いた卵などを挟めばサンドウィッチの完成だ。
また炊き出しとは別に子供達やシスター、ルーフィナ達生徒等の食事も作らなくてはならない。
それぞれ手分けをして作業をしているが、何しろサンドウィッチだけでも百個は作るので想像以上に大変だった。
「これ、上手く挟めないんだけど……」
面倒臭がりのリュカだが学科で苦手にしているものはない。だが今回ばかりは四人の中で一番苦戦している様だ。普段調理などしないのだから当然だろう。ただ同じく経験がないであろうローラントは先程と同様にそつなくこなしていた。
「挟むだけだろう、何が難しいんだ」
「なっ……」
ローラントのぶっきら棒な物言いにリュカはムッとした表情になる。更に追い討ちをかける様にリュカの作り終えたサンドウィッチを見て「汚い」とローラントは言った。
当然だが微妙な空気になる。
どうやら二人は馬が合わない様だ。
「うん、完璧です!」
そんな中、大鍋の前にいたベアトリスが声を上げた。ポトフを煮込んでいたが、どうやら出来上がったらしい。
流石普段から家事全般をしているらしいベアトリスは手慣れている。明らかに差を感じた。
「あら、可愛らしいですね。きっと子供達が喜びます」
ライラから褒められたルーフィナは少し嬉しくなる。
手の空いたルーフィナは、食後のデザートのリンゴを剥いていた。
皮を残しウサギの形に切ったリンゴを手際良く次々に砂糖水に入れていく。こうすれば時間が経っても変色する事なく美味しく食べられる。
実は以前クラウスにリンゴを剥いた事があったが、上手く出来なかったのでその後マリーに頼み教わった。何時かまたクラウスにリンゴを剥いてあげる為に。
どうにかしてお昼に間に合わせる事が出来た。
ルーフィナ達はサンドウィッチやリンゴをそれぞれ大きなトレーに乗せて外に出た。
「凄い人だね」
リュカの言葉通り教会の広場には既に沢山の人々が集まっていた。
順番にサンドイッチやリンゴを配っていくと、皆嬉しそうにお礼を言って受け取る。
「誰かの為に役に立てるって良いですね」
「まあ、悪くはない」
喜ぶ人々を見て心が温かくなる。だがその一方では炊き出しを必要としている人々が沢山いる事実に複雑な思いになってしまった。
「お腹空いた〜」
(え……)
何時の間にか手伝いを終えた生徒等が集まってきており、その内の一人の男子生徒が配っていたサンドウィッチに手を伸ばしてきた。
予想外の事態にルーフィナは目を見張り、固まってしまう。
「痛っ‼︎」
「⁉︎」
だがその瞬間、ローラントが男子生徒の腕を掴み捻り上げた。
「意地汚い真似をするな」
「な、何するんだよ! 別にまだこんなにあるんだから一個くらい良いだろう⁉︎」
男子生徒の言動もだが、それよりもローラントに噛み付いた事に驚いた。
幾ら同級生とはいえ相手は王子だ。流石に不味いのでは……とハラハラする。
だが相手は余程腹が立ったのか引く気はないみたいだ。互いに睨み合い、周囲は固唾を呑む。
こんな場所で揉め事を起こす訳にはいかない。集まっている人々や生徒等について来たのか子供達もいる。皆嫌な思いをしてしまうだろう。
ルーフィナが二人を宥めようとしたそんな時、一台の馬車が教会の門前に止まった。
見るからに豪奢なそれに皆一斉に視線を向けた。
何故彼がここに……。
ルーフィナは明らかに見覚えのある馬車に目を見張った。




