五十二話
昼休み、ルーフィナは校舎裏で何時もの様にお弁当を食べていた。その隣にはローラントの姿があった。
「随分と覇気がないな。何かあったのか」
「い、いえ……」
彼からの問いに言葉が詰まる。
例の封筒が届けられてから一ヶ月が過ぎた。
以前まで花束は一ヶ月の間隔で届いていたが、今は一週間に一度届いている。それも全て例の封筒が添えられて……。その内容はーー。
貴女は私の女神、愛おしい
早く愛しき貴女に会いたい
貴女を想わない日はない
背筋がぞわりとする様なものばかりで、少し不気味だ。
ただこの事が誰にも知られていない事だけは救いだと思う。因みにマリーも知らない。何故ならあの後気を利かせてくれたメアリーが手紙だけをこっそりと後から手渡してくれているからだ。
『マリー様は心配症ですから、今度からは内密でルーフィナにお渡し致しますね』
これまで使用人の中ではマリーが最年少だった。だが半年程前に既存の侍女の一人が家庭の事情で郷に帰る為に辞めた。その代わりにメアリーを雇い入れたのだが、彼女はまだ二十代前半でマリーよりも更に若く使用人の中で最年少となった。ルーフィナと年が近いので親しみ易さを感じている。
「何でもないんです」
「……まあ話くらいなら何時でも聞いてやる」
微妙に話は噛み合っていないが、見透かされた様に言われたルーフィナは目を見張る。
「……ありがとうございます」
事を荒立てたくはないが、ここ最近は正直不安に感じており誰かに相談するべきか日々悩んでいる。
そんな中でローラントからの気遣いが本当に嬉しい。少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
「そういえば、来月校外学習ですね」
「面倒だ」
「ふふ、そうですね」
彼とこうやって話す様になって少しずつだが彼の性格が分かってきた。ぶっきら棒ではあるが根は優しい。それに意外と真面目だ。
これまで略略接点はなかったが、ひょんな事からお弁当を一緒に食べる様になって会話もする様になった。余り従兄弟という感覚はなかったが、こうやって親睦を深めるのも悪くないと思う今日この頃だ。
それから数日後に校外学習にあたりグループ分けが行われた。男女混合で人数は三人以上五人未満で編成するらしく、ルーフィナは自然とローラントと組む事になった。だが最低人数には一人足らない……。
どうしたものかと困っていると、ベアトリスの手を引いたリュカがズカズカと近づいて来るのが見えた。結構な剣幕だ。
その光景に思わずルーフィナは目を見張り息を呑む。
「ルーフィナ、もし良ければ僕達と一緒にグループを組まない?」
「リュカ様……でも……」
リュカよりも少し後ろに下がっているベアトリスに視線を向けると彼女は気不味そうに目を逸らす。
「ベアトリスも賛成だよね」
「……はい、勿論、それは」
言わされている感は否めないが、どの道このままではグループは決まらずお互いに困るだろう。
周りを見れば何となく纏まりつつある。
「あのローラント様は」
「異論はない」
ローラントからの許可も得たのでルーフィナはリュカからの申し出を受ける事にした。
「では、宜しくお願いします」
だがやはり気不味い……。
「失礼致します」
その日の夜、寝床を整え終えるとマリーは部屋から下がって行った。すると暫くして小さくノックする音が聞こえた後にゆっくりと扉が開いた。
それと同時にこっそりと部屋の中へと入って来たのはメアリーだった。
「ルーフィナ様、こちらお持ち致しました」
「ありがとう」
彼女から封筒を受け取るとルーフィナは恐る恐る中身を確認する。
もう直ぐ貴女を……。
毎回一言だが、今回は書き掛けなのか不自然に言葉が途切れている。
ルーフィナは眉根を寄せた。
頭の中で言葉の続きを考えてみるが、段々と不安が募りやはり誰かに相談するべきかも知れないと悶々とする。
「ルーフィナ様、大丈夫ですか?」
「ええ……。でもやっぱりジルベールに相談した方がいいのかなと」
極力クラウスには言わない様に口止めをするつもりだが、それが難しい事は重々理解している。
彼には迷惑を掛けたくない。でもならどうしたらーー。
「……そちら拝見しても宜しいですか?」
メアリーは便箋を見て少し考える素振りを見せた後、口を開いた。
「文章が途中で切れてしまっていますが……これはきっとルーフィナ様の気を引きたいだけですね。これまでの事を踏まえた上で判断するなら、言わばただのラブレターです」
「ラブレター?」
確かに部類すればそうなるのだろうか……。
ルーフィナは小首を傾げる。
「はい。ルーフィナ様はご存知ないかと思いますが、世間ではこういった事は割と良くあるんですよ」
「そうなの?」
「はい、ですからこんな瑣末な事で気を揉まれる必要はございません。きっとお相手はルーフィナに想いを寄せており構って欲しいだけなのです。ですが何の反応も示さなければその内諦める筈ですよ」
ルーフィナは恋愛などの事柄に滅法疎いと自覚している。それ故か淡々と説明をする彼女の様子に妙に納得してしまう。
ただ花束が送られて来てから八年以上が経つのに何故今更……? そんな疑問は残る。
「それにもしこの事が旦那様の耳に入れば、不貞を疑われ兼ねませんし」
「不貞なんてそんな……」
「ルーフィナ様に非がなくても、今の状況ですと誤解される可能性は大いに有ります。ですからこれからも二人だけの秘密に致しましょう」
「でも……」
その瞬間、脳裏にテオフィルの事が蘇る。
もうあんな事件は起こしたくない。それに事実無根でもクラウスから疑われるのはやはり悲しい……。
寝衣をキツく握り締めた。
「いえ、メアリーの言う通りだわ」
ルーフィナは何時もと同様に封筒を机の引き出しの奥に閉まった。




