五十一話
放課後、ルーフィナは迎えに来ていた馬車に乗り込んだ。
椅子に座り誰も座っていない向かい側を見て深いため息を吐く。
(クラウス様、どうしてるかな……。無理されていないといいのだけど……)
クラウスがエリアスの側近として働く様になり早くも一カ月半が経つ。忙しくなるとは分かっていたが、あれから一度も会えていない。
以前クラウスから勉強を見て貰った時、無理をして倒れてしまった事を思うと余計に心配になってしまう。
先日、どうしても気になってしまいそれとなくジルベールにクラウスの現状を聞いてみた。すると「でしたら、坊ちゃまに屋敷に来て頂ける様にご連絡致しましょう」と言われたので慌てて断った。忙しい彼を呼びつけるなんて出来ない。それに自分なんかに構っている時間があるならば身体を休める事に使った方がいいに決まっている。そう頭では理解しているが、少し寂しい……。
「はぁ……」
「最近ため息が増えましたが、何かお悩みですか?」
翌朝身支度を整えている際にマリーから心配そうに訊ねられた。
気を付けてはいるが、どうやら無意識にまたため息を吐いてしまっていた様だ。
「い、いえ、何でもないの」
笑って誤魔化すが納得いってないのか苦笑されてしまう。
何となく気不味い空気が漂う中、扉がノックされ侍女が花束を抱えて部屋に入って来た。
「失礼致します。ルーフィナ様宛に花束が届いております」
「ありがとう、何時も通り花瓶に生けておいて」
「……」
何時もなら返事をして直ぐに退出するのだが、今朝は何か言いた気に立ち尽くしている。
「メアリー、どうしたのですか」
不審に感じたのはルーフィナだけでなくマリーもだった様で声を掛けた。
「あの、その……見るつもりはなかったんですが、受け取った際に偶然目に付いてしまって……」
唐突過ぎて一体何の話だか理解出来ず、思わずマリーと顔を見合わせる。
「メアリー、ハッキリ言いなさい。一体何の話をしているんですか?」
「実は、これを……」
彼女はおずおずと花束の中から封筒を取り出すとこちらに差し出して来た。
「封がされていなかったので気になってしまい、つい……申し訳ございません‼︎」
確かにメアリーの言う通り閉じられた形跡はない。
ルーフィナは封筒から中身を取り出し確認すると、一枚の便箋が入っていた。
穢れなき愛しき貴女は美しいーー。
そこには一言だけそう綴られていた。
意味深長な言葉を見て目を見開く。
花束が届く様になり八年以上経つがこんな事は初めてだ。
隣で見ていたマリーも同様に目を見開き驚くが直ぐに顔を顰めた。
「ジルベール様には報告は?」
「ま、まだですっ」
何時になく深刻な面持ちのマリーは怒っている様にも見える。
メアリーは涙目になり縮こまっていた。勝手に見てしまった事を咎められると思っているらしい。
「では私の方から報告をしておきます。それと旦那様にも報告をしなくてはなりませんね」
「え……」
まさかクラウスにまで報告されるとは思わなかったルーフィナは声を洩らす。
「待って、マリー。クラウス様には言わないで」
「ルーフィナ様……」
「クラウス様は今お仕事が忙しくて大変なの。だから余計な心配をかけたくない。それにこんな手紙一枚で騒ぎ立てるなんてはしたないわ。だからジルベールにも言わないで!」
ジルベールに報告すれば必然的にクラウスの耳にも入る事になるだろう。
正直、ルーフィナは今の所妻として役立たずだ。本来ならば忙しい夫を支えてこその妻の筈なのに……。
それなのにこんな瑣末な事で彼の手を煩わせるなんて情けない事はしたくない。それにクラウスにも呆れられてしまうかも知れない……。
兎に角大事にだけはしたくない。
「ですが」
「これまでだって何もなかったんだもの、大丈夫よ。だからお願い、マリー」
不安気にしているマリーを何とか説得し、二人には口止めをした。
黒い薔薇の花束に添えられた意味深長なメッセージの入った封筒ーールーフィナは人目につかない様にと机の引き出しの奥に閉まった。




