四十九話
向かい合い食事をしているルーフィナを見て、何時もよりテンションが高く機嫌が良い様に見えクラウスは珍しいと眉を上げる。
例の事件以降、ルーフィナの纏う雰囲気が少し変わった。
何処か以前に比べて元気がなく落ち着いている。大人びたと言えば聞こえはいいが、それとも違う様に思えた。
ただこればかりは仕方のない事だ。ルーフィナにとってあの出来事は人生の転機の一つと言えるくらいの大事であり、簡単に割り切れるものではないのだろう。今直ぐは無理でも時間が解決してくれる筈だ。故に現段階で口を出すつもりはなく、彼女の事を分かったつもりになってご高説垂れるなど柄でもない。
「何か良い事でもあったのかい」
「え、いえ……どうしてですか?」
「いや、何となくそう思っただけだよ」
大きな瞳を見開き小首を傾げる彼女の姿に胸が高鳴るのを感じた。
実は最近こういった事が頻繁ある。彼女の何気無い仕草に見惚れてしまう。
何と言えばいいのか、ルーフィナが可愛くて仕方がない。その所為か毎晩良くない妄想を脳内で繰り広げている。こんな事絶対に誰にも言えない……。
「それより、明日から暫く迎えに行く事が難しくなってしまうんだ」
邪念を打ち消そうと軽く咳払いをしてから話題を変えた。
「お仕事ですか?」
「うん、まあそうなんだけど。実はーー」
クラウスは簡潔にエリアスから側近になって欲しいと打診された話をした。するとルーフィナは少し驚いた顔をして苦笑する。
まあ当然だろう。クラウス自身も予想外で、頗る迷惑な話だと思っている。だが背に腹はかえられない。ルーフィナの為にも我慢だ。
「新しい人員が見つかるまでではあるけど、事情が事情だし直ぐには難しいだろうね。だから暫くはすまないが迎えには行けないんだ」
「私は大丈夫です。それよりクラウス様が大変になってしまう事が心配です……」
「ルーフィナ……」
彼女が自分の事を気遣ってくれている事実に胸がいっぱいになる。今直ぐにでも抱き締めたい衝動に駆られてしまう。
そんな感動を覚えていると、足に何やら違和感を感じた。
ワフワフッ!
クラウスの足を何かが何度もビシバシと直撃してくる。
「……」
今はまだ食事中で品がないとは分かっているが、気になってしまいクラウスはテーブルの下を覗き込んだ。
すると話に集中して気付かなかったが、何時の間にか足元には部屋の隅にいた筈のショコラがこちらにお尻を向けて伏せており、大きく太く逞しい尻尾でクラウスの足をビシバシと叩いている。絶対にワザとだ。
ワフっ。
(此奴っ……)
ショコラは振り返りクラウスを見ると馬鹿にした様に鳴いた。
相変わらず可愛くない犬だ。
お陰で高揚した気持ちがスッと引いていき冷静に戻った。
夕食後、二人でお茶を飲みながらゆったりとした時間を過ごす。だがそんな穏やかな時間はあっという間に終わってしまった。
「じゃあ、僕は帰るよ」
外まで見送りに来てくれたルーフィナに声を掛けると彼女は「クラウス様、お気を付けて……」と言って、どこか寂しげに笑む。その瞬間、胸が大きく脈打った。
「っ……」
何時もならこのまま馬車に乗り込むのだが、クラウスは我慢出来ずにルーフィナを抱き締めた。
「クラウス様⁉︎」
小柄なルーフィナはすっぽりとクラウスの腕の中に収まった。
彼女は一瞬身体をピクリと振るわせたが、特に抵抗する事なくなされるがままだ。
それを良い事にクラウスは柔らかなルーフィナの身体を堪能する様に抱き締めた。
不意にふわりと甘い香りが鼻を掠める。
彼女の匂いだ……。
それだけで気分は高揚し頭がクラクラする。
「ルーフィナ……」
離したくない、ずっとこうしていたいーー。
どれくらいそうしていたかは分からないが、少し離れた場所で見守っていたジョスが咳払いをした瞬間現実に引き戻された。
「す、すまないっ!」
「い、いえ……」
我に返ったクラウスは慌ててルーフィナから身体を離すと逃げる様にして馬車に乗り込んだ。
窓から外の様子を確認すると、彼女は口元に手をやり俯いておりその表情は確認出来ない。
背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。
突然過ぎて引かれたかも知れない……やってしまった……最悪だ。
言い訳になってしまうが、明日から暫く会えないと思うと我慢が効かなかった……。
まだ手を繋ぐのもやっとなのに、いきなり抱き締めて調子に乗って髪の匂いまで嗅いでしまった……。きっと破廉恥だと思われたに違いない……。
折角少しずつだが距離が縮まってきたというのに、これではまた他人に逆戻りだ。いや寧ろ嫌われでもしたら他人以下に……。
軽蔑の目でクラウスを見るルーフィナを想像し、気が遠くなった。




