四十八話
「失礼致します。クラウス様、お客様がお見えです」
執務室で仕事をこなしていると困り顔のジョスが入って来た。
「お客? 今日は約束はない筈だけど」
「それが……」
言葉を詰まらせた彼を押し退け一人の見覚えのある青年が部屋に入って来る。その人物を見て嫌な予感がした。
「殿下! ロビーでお待ち下さる様にお願い致しましたのに……」
「どの道会うんだ。回りくどい事は抜きでいいじゃないか」
全く悪びれることも無く爽やかに笑う様子に苛っとするが、クラウスは笑みを浮かべた。
「王太子殿下、本日はどの様なご用件ですか」
「たまたま近くを通りかかったんだ。それで君の事を思い出して、たまには旧友と友情でも深めようかと思ってね」
「……僕には貴方と深める程の友情があった記憶はありませんが」
「ははっ、相変わらず手厳しいな」
嫌味を言われてもどこ吹く風で、勝手にソファーに腰を下ろした。本当に呆れる。
内心ため息を吐き、戸惑いながらこちらを見るジョスに「殿下にお茶を」と言い付けた。
「最近は随分と夫婦仲睦まじくしているみたいだね」
エリアスは、まるで自室にでも居るかの様に寛ぎながら優雅にお茶を啜る。しかも出されたお茶に対して「これは余り私の好みじゃないな」とか吐かす有様だ。
「一体どういう心境の変化だい? ずっと放置して興味など皆無だった筈なのに。それもモンタニエ家の子息と争ってまで手放さないなんて」
普通に捉えればただの嫌味だろうが、彼の場合言葉以上の他意はないだろう。
それにしても疾うに終わった話を何故今更蒸し返してくるのか……。
「自分の愚かさに気が付いた、それだけです」
「成る程、君も大人になったという事か。うん、良い事だ」
他意はないだろうが、馬鹿にされている様で気分は頗る悪い。口元が引き攣ってしまう。
「特に用事がないのでしたら、もう宜しいですか? 僕も暇ではないので」
突然の非常識な訪問に対してお茶を出し話にまで付き合った、十分責務は果たした筈だ。余計な話をされる前に早々に追い返したい。
「実は、君に頼みがあるんだ」
人の話を聞いていないのかただ単に図々しいだけなのか知らないが、全く帰る素振りを見せず勝手に話を続ける。
「…… 僕はお力にはなれませんのでお引き取り下さい」
「まだ何も言っていないじゃないか」
「噂は耳にしていますので大凡の見当はつきます。他を当たって下さい」
クラウスは話を聞くつもりはないと断固として拒否をする。こういう事は始めが肝心だ。
彼とは同級生ではあったが、友人と呼べる間柄ではない。妻の従兄で親類にあたるがそれも形状に過ぎない。顔を合わせば社交辞令の一つくらいは言う程度の謂わば他人だ。そんな彼がわざわざ自分を訪ねて来た時点である程度の予想はついていた。
「クラウス、人の話は最後まで聞くものだよ」
「……」
「別にずっとと言う訳じゃない。人手を確保出来るまでの間で構わないんだ」
彼が何を言わんとしているかというと、要はエリアスの仕事の手伝いをしろという事だ。
実は例の舞踏会で騒ぎを起こした影響で、彼は周りから遠巻きにされ側近等は家の事情やら体調不良などの理由をつけて次々に辞めていったと聞いた。その所為で人手不足となり仕事が滞っているらしい。クラウスの所に話を持ってくるくらいだ。相当困っているのが窺える。
それに幾ら彼が王太子だとしても有力貴族等から見放されればその地位は危ういものとなる。そうでなくても今現在この国には王子が三人いるのだ。しかも三人共に母親は同じだ。故に然程問題もない。やろうと思えば入れ替える事はそう難しい話ではないだろう。
自分で蒔いた種ではあるが、彼にとって正念場といった所か。信頼を失い仕事すらまともにこなせないとなるといよいよ後はない。
まあそんな事はクラウスには知った事ではないが。
正直エリアスだろうが第二王子だろうが然程能力の差はないと考えているからだ。どちらが王位に就こうが構わない。
「ですから……」
断ろうと口を開くも、エリアスが言葉を被せて来た。
「そう言えば、もう直ぐフィナの誕生日だったね」
「‼︎」
その言葉にクラウスは口を噤み目を見開く。
誕生日……全く頭になかった。
「もしかして、知らなかったのかい?」
「……」
「やはり図星みたいだね。だがまあ仲良くなって大して経っていないんだ、仕方がない」
勝ち誇った様に、うんうんと一人頷く様子が地味に鬱陶しい。
「君、フィナの事良く知らないだろう?」
一体何が言いたいのか……。
「今や君がフィナにぞっこんなのは聞いているよ」
「なっ……」
誰がぞっこんだ! と言いたいが相手は王太子だ。流石にグッと堪える。
「それで贈り物はどうするつもりかな? 当日はどうするつもりだい?」
「それは……」
突然言われても何も思い浮かぶ筈はない。
「誕生日はかなり重要なイベントだよ。特にフィナはまだ若いし、きっと楽しみにしている筈。祝わない選択はない」
昔から誕生日など自分の事すら忘れているくらい関心はなく、当日ジョスや使用人等から言われて自覚する程度だった。
知人が誕生日の祝いにパーティーを開いているのに参加した事はあるが、下らないとしか思わなかった。
だが確かに言われてみれば、ルーフィナはまだ十六歳の年頃の娘だ。一般的に考えれば贈り物の一つでも用意して祝ってあげるのが普通だろう。
「これまで何もしてあげてこなかった分、君には盛大にお祝いをする義務がある筈だ」
そうだ、これまで……これまで彼女はどうしてきたのだろうーー。
一人で、過ごして来たのだろうか……。
いや使用人達や彼女の友人等が祝ってくれていたのかも知れない。
本来なら自分がーー。
「知りたくないかい? フィナの好きな物。私は君よりもずっと彼女の事を知っている。君と違ってずっと見守って来たからね」
何も言い返せる筈がない。
最近は少しずつ距離が近くなったと思っているが、きっと彼女にとっては他人から知人、友人程度の存在になったに過ぎない。
自業自得だが、八年という歳月が重くのしかかる様に感じた。
「それに君は昔から女性に人気があって一見すると経験豊富に思えるけど、私は知っているよ。実は君が童……」
「殿下‼︎」
エリアスが何を言うのか察したクラウスは思わず立ち上がり叫んだ。
(何で彼がそんな事を知っているんだ⁉︎)
恥ずかしくなり一瞬にして顔が熱くなり、小刻みに身体を震わせエリアスを睨む。
するとエリアスがにっこりと笑った。
「見たくないかい? フィナの喜ぶ姿」
「っ……」
「自尊心の塊の様な君の事だ。きっと本人にも使用人にも聞く事なんて出来ないだろう? フィナは優しい子だからね、何を贈ったとしても喜んでくれる。でもやはり、心から喜んで欲しいとは思わないかい? それにフィナの好みの物を贈れば彼女から抱きついて「大好き」くらいは言って貰えるかも知れないよ」
クラウスはゴクリと生唾を飲む。
思わず想像してしまった。
別に疾しい気持ちはない! ただ彼女が喜ぶ姿が見たいだけだ……。
「もし君が私の側近として働いてくれるなら、力になるよ。どうだい?」
「……僕にも自分の仕事がありますので、それはご承知下さい」
「勿論、そのあたりは配慮するつもりだよ」
「それと新しい人材が見つかるまでですから」
クラウスはエリアスの交換条件を飲み、期間限定の側近として働く事になった。




