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【書籍】web版*旦那様は他人より他人です 〜結婚して八年間放置されていた妻ですが、この度旦那様と恋、始めました〜  作者: 秘翠 ミツキ


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三十四話


 

 ドーファン家主催の夜会当日ーー。


 アイボリーのドレスにはピンクや黄色の花の刺繍が無数に施され、背中には大きなクリーム色のレース生地で作られたリボンがつけられている。以前舞踏会に出席する際に一緒に新調したドレスだ。社交界デビューするからと何着も作って貰ったが、結局今日まで着る機会はなくずっとクローゼットに仕舞われたままだった。


「侯爵様?」


 夕刻になりクラウスが迎えにやって来たのだが、ルーフィナを見るなり立ち尽くす。

 先程から黙り込む彼に流石に心配になりルーフィナが声を掛けるとようやく彼は我に返った。

 

「あ、いや……何でもない」

「?」


 口籠もる彼に首を傾げていると、クラウスが手を差し出してくる。ルーフィナは少し躊躇いながらもその手を取ると馬車へと乗り込んだ。


「君は挨拶をしたら笑っているだけで良い。後は僕が話すから」


 初めての夜会に右も左も分からないルーフィナにクラウスが簡単に説明をしてくれた。

 広間に着いたら、先ずは主催者へと挨拶に行き後は身分の高い人や懇意にしている人達から順番に挨拶をして回る。少し雑談をする程度らしいが、相手によって触れてはいけない話題もあるらしくそう単純な事ではないみたいだ。自分ならうっかり口を滑らせてしまいそうだ……。


「それとルーフィナ」

「はい、侯爵様」

「その呼び方は夫婦として相応しくないから、僕の事は名前で呼ぶように」


 予想外の言葉にルーフィナは目を丸くする。

 これまで当たり前に侯爵様と呼んでいたので、急にそんな風に言われても躊躇ってしまう。


「いいかい?」

「はい、えっと……クラウス、様?」


 何となく気恥ずかしくなり疑問符を付けてしまった。

 また彼から指摘されるかも知れないと思い身構えるが、クラウスは口元を手で覆い顔を背ける。何かおかしかっただろうか……。


「あ、あぁ、それでいいよ……」


 取り敢えず怒っている訳ではないので良かった。

 それから彼は窓の外へと視線を移し黙り込んだ。その様子をルーフィナは盗み見る。

 普段からキッチリとした格好をしているが、今日は一段と洗練されている。ライトグレーを基調とした装いはとても良く彼に似合っていた。正に座っているだけなのに絵になる。


「?」

「⁉︎」


 バレない様に見ていたつもりが、此方に気付いたクラウスと目が合ってしまいルーフィナは慌てて真逆を向く。

 そうこうしている内に馬車はドーファン家の屋敷前で止まった。



 今夜は公爵家主催とあり、招待客の数も多く次々に参加者等が屋敷を訪れていた。

 ルーフィナは広間の扉前で息を呑む。舞踏会の時とはまた違った緊張を感じていた。

 これまでベアトリスから夜会の話は散々聞かされてきた。彼女は何時も楽し気に語っていたが、たまに神妙な面持ちになる事もあった。


『実は夜会には、裏部屋なる場所が用意されているんです。私は入った事はありませんが、何度か誘われた事はあります』


 その部屋が何をする場所なのかはルーフィナにはいまいち分からなかったが、彼女の話を側で聞いていたテオフィルもリュカも気不味そうにしていた。多分裏部屋が何なのかを知っているのだろう。でも結局誰も教えてくれなかった。

 兎に角余り良い印象ではなかったので、危ない部屋なのは間違いない。


『もし誘われる機会がありましても、ルーフィナ様は絶対について行っちゃダメです!』


 そして何故だかルーフィナだけ釘を刺された。

 


「ルーフィナ、行くよ」

「は、はい」


 クラウスに手を引かれたルーフィナは緊張しながらも背筋を正し広間へと足を踏み入れた。


 やはり城での舞踏会と比べれば見劣りはするが、それでも広間の飾り付けは眩い程に光り輝いていた。参加者等の装いもとても華やかで、舞踏会の時よりも心なしが露出が多く艶っぽさを感じる。それに人と人の距離が近い気がする……物理的に。


「ルーフィナ」

「⁉︎」


 ぼうっとしていると不意にクラウスの手が腰に回され身体を引き寄せられた。


「あ、あの、クラウス様……」

「そのドレス、良く似合ってる。今宵の参加者の中で、君が一番綺麗だよ」

「っ‼︎」


 耳元で彼の吐息が掛かる距離で囁かれ一瞬思考が停止した。弾かれた様にしてクラウスを見たが、彼はあからさまに顔を背ける。表情は見えないが、彼の耳が赤く染まって見えた。


「ありがとう、ございます……」 


 テオフィルも良く褒めてくれるので、それと一緒でお世辞だとは分かっている。だがそれでも顔が熱くなり鼓動が速くなるのを感じた。

 ルーフィナは消え入りそうな声でお礼を言うのが精一杯だった。


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