三十三話
ルーフィナは大きな画用紙に下絵を描き終えると、絵の具で色を塗り始める。
今は美術の授業中で、今日のテーマは「私の好きなもの」だ。食べ物から生き物、自然や建造物まで何でもいいらしい。
因みに授業は美術室でグループごとに席に座る。ルーフィナとベアトリス、テオフィルにリュカの四人は同じグループなので未だ喧嘩継続中の二人も致し方なく近くに座っていた。
「リュカは何を描いているんだい?」
テオフィルは隣に座るリュカの絵を覗き込むと眉根を寄せる。
「これは……丸?」
丸とは一体……。テオフィルの妙な物言いにルーフィナも気になり席を立ち、リュカの絵を覗き見る。すると確かに大きな画用紙の真ん中に大きな丸が描かれていた。だが他には何も描いていない。謎過ぎる。
「満月」
「満月……」
「だって簡単じゃん。丸描いて黄色に塗り潰すだけだし」
流石リュカだ。相変わらずの面倒臭がり様だ。テーマは完全に無視して、如何に楽するかを重視している。
「まあ、好きなものは人それぞれだからね……」
テオフィルは優しくフォローする。やはり良い人だ。
「ルーフィナは何を描いてるんだい?」
今度はテオフィルとリュカがルーフィナの画用紙を覗いて来た。
「何これ、悪魔の使い?」
「リュカ失礼だよ。ルーフィナ、これはハリネズミだよね?」
「……ショコラです」
今回は結構上手く描けたと自負していたが、二人から的外れな事を言われルーフィナは少しむくれるとテオフィルは気不味そう笑った。
(リュカ様は兎も角、テオフィル様なら分かってくれると思ったのに……)
「完成しました!」
そんな中、先程から黙々と描き続けていたベアトリスが声を上げた。立ち上がり自信満々に此方に完成した絵を見せてくる。
「こ、これは……」
「お金だね」
「……」
リアル過ぎるお金の絵だった。
驚く程上手だが、もしこれがお金の絵でなければ尚良かった気がする。宝の持ち腐れという言葉が頭に浮ぶ。実に勿体無い……。
「テオフィル様は、何を描いてるんですか?」
「あぁ、僕は……」
「お花畑に……少女?」
(テオフィル様が好きなものはお花? じゃあこの女の子は? それに……)
相変わらず何でも出来る彼に例外はなく絵も上手い。ただルーフィナにはいまいち対象が分からなかった。
「綺麗ですね。でもどうしてこの女の子は後ろを向いているんですか?」
「正面だとバレちゃうからね」
「?」
テオフィルの言葉に目を丸くして首を傾げると、リュカが鼻で笑った。
「テオフィル、君も難儀だね」
その言葉にテオフィルは苦笑する。
どうやらリュカは理解しているらしいが、何故か二人とも教えてはくれなかった。
「そう言えば、ルーフィナは来月ドーファン家の夜会に出席するんだよね?」
「え……」
席に戻り絵を仕上げていると、不意にそんな事を言われた。
「あれ、違った?」
「いえ、そうなんですけど……」
どうして彼が知っているのだろうか。
実は先日、クラウスとクッキーを作った日に話をされたばかりでまだ誰にも夜会の事は話していない。
「実は僕も知人から誘われていてね、出席するんだ」
「そうなんですね」
成る程、ならその知人から話を聞いたという事だろう。
「それでリュカもベアトリスも良かったら一緒にどうだい?」
「宜しいんですか⁉︎」
「……別に構わないけど」
誘われた二人の声が重なり反射的に互いに顔を見て目が合うと嫌そうに背けた。
そんな二人の様子にルーフィナは眉根を寄せる。また夜会の所為で一悶着なければいいが……。
「ルーフィナは、侯爵殿と一緒に行くんだろう?」
「はい、一応……夫婦ですから」
事実を述べただけだが、何となく気恥ずかしくなる。すると一瞬テオフィルの表情が曇った様に見えた。だが直ぐに何時もの爽やかな笑顔に戻った。
「夜会、楽しみだね、ルーフィナ」
「え、はい……」
ベアトリスではあるまいし、そんなに彼が夜会が楽しみだとは意外だった。
不敵に笑うテオフィルにルーフィナは目を丸くした。




