二十六話
見ているこっちが怖くなる。
お見舞いの品で持って来たリンゴの皮をルーフィナが剥いてくれているが、当然やった事がない様で手付きが危うい。それに皮を厚く剥き過ぎて惜しげもなく身まで削られていきどんどん小さくなっていく。
「ルーフィナ、リンゴの皮を剥くのは侍女にやらせるから」
「いえ、私の所為で侯爵様が体調を悪くなってしまったのでこれくらいさせて下さい」
かなり時間をかけてようやくリンゴの皮は剥き上がった。手のひら程の大きさの皿の真ん中にほぼ芯になってしまった可哀想なリンゴが置かれる。これなら剥いた皮の方を食べた方が賢明かも知れない。
「すみません、少し失敗してしまいました……」
(これが少しだと⁉︎)
肩を落としおずおずと皿を此方に差し出してくるルーフィナに、クラウスに受け取る以外の選択肢はない。ただコレを一体どうしろというのか……。
「あの、やっぱり誰かに剥いて貰ってきます……」
皿の上の芯を暫く眺めていると、ルーフィナは何かを察したのか立ち上がり部屋を出て行こうとするのでクラウスは慌てて芯に齧り付いた。
「ルーフィナ! 大丈夫、美味しいよ……」
生まれて初めてリンゴの芯など食べたが、食べれなくはない。ただ美味しいかと言われたら、やはり身の部分の方がいい……。
クラウスは芯の三分の一を食べ終わるが、彼女が不安気に見ているので結局ヘタ以外の全てを平らげた。
「ご馳走様……」
「次からは上手に剥ける様に練習しておきます」
至って真面目に話す彼女に脱力し思わず笑ってしまった。多分そんな機会はそうはないだろう。
「お加減は如何ですか」
「別に平気だよ。大した事ないのに、医師やジョスが煩いから取り敢えず休養しているだけだから」
正直まだ身体が重いし怠い。熱は下がったが、ぶり返す可能性もある為今日もまた一日中ベッドに伏せていた。だがそんな情けない話は彼女には出来ない。
「そうなんですか。でもまだ顔色が良くありませんのでご無理はしないで下さい」
ルーフィナは眉根を寄せ心配そうな表情を浮かべそう言った。
どうせ社交辞令だろうと頭では分かっているのに、嬉しいと感じる自分は莫迦だ。
「あ、もうこんな時間ですね。長居してしまいすみません」
時計を見た彼女はあたふたしながら立ち上がり帰り支度をする。
「では侯爵様、私はこれで失礼します。早く元気になって下さいね」
「ルーフィナ……」
「?」
「実は君に見せたい物があるんだ」
ルーフィナは小首を傾げる。
「それが、その……朝にしか見る事が出来ないものなんだ。君は明日は学院が休みだろう。だから、その……」
「分かりました。でしたら明日の朝一番でまた来ますね」
クラウスが言い終える前に結論を出したルーフィナは早々に帰って行ってしまった。彼女の場合ワザとではないと分かっているが、クラウスは項垂れる。最後まで言わさせて貰えなかった……。
ルーフィナが帰ったその夜、クラウスは寝過ぎた所為が目が冴えてしまいベッドに横になるが眠れずにいた。ふと窓辺に飾られたオレンジ色のガーベラが目に入る。僅かに開いたカーテンの隙間から月明かりが射し込み照らし出していた。
花を貰う事がこんなに嬉しい事だとは知らなかった。温かなオレンジ色がまるで彼女の様だと思った。これまでずっとルーフィナに赤い薔薇を贈ってきたが、彼女にはオレンジ色やピンク色の様な愛らしい色の方が似合うかも知れない。花の種類も薔薇に拘っていたが、何時も同じ物よりその方が彼女も喜ぶだろうか。今度本人に好きな色や花の種類を聞いてみようかなんてつまらない事を考えていた時ーー。
『ワフ!』
「⁉︎」
不意にあの毛玉が頭を過ぎる。そういえばそうだった。何故か分からないがルーフィナがショコラから見舞いの品だと言って犬のぬいぐるみを持って来た。
やはり花と同じく窓に飾られているそれを見て顔が引き攣る。あの毛玉……絶対にワザとだ。犬の癖に本当に何時も何時も生意気だ。完全に舐められている。だがルーフィナの手前、お返しに何か新しい玩具の一つでも買ってやろうかと思う。らしくない自分にクラウスは苦笑した。




