二十三話
『睡眠不足と疲労です』
ルーフィナの期末試験がようやく終わり、少し気が抜けた所為かも知れない。クラウスは医師からそう告げられた。
正直そこまでコン詰めて勉強を教えるつもりはなかったのだが、ルーフィナが思っていた以上に手強く苦戦した。その為に当初の予定より時間を増やす事にしたのはいいが、中々キツかった。平日は朝早く起床し直ぐに仕事に取り掛かる。夕方には彼女を迎えに行き、彼女の屋敷に着くと始めにその日の宿題を終わらせる。それから夕食を摂り三時間勉強を見る。大体二十二時くらいに終わりクラウスは帰宅する。帰宅後は湯浴みを済ませてから仕事をして、寝るのは大体夜中の三時過ぎだ。朝は六時には起床するので睡眠時間は三時間くらいだった。休日が丸一日潰れるのでそれを考慮して仕事をしているので致し方がない。
もう若くないなと実感した。クラウスが侯爵を継いだ当初は、それこそ寝る暇がないくらい大変だったがどうにかこなしていた。
クラウスは父とは一緒に暮らした事はなく、初めて父と対面したのは五歳の時だった。それから顔を合わせるのはお茶会などに連れ出される時だけだった。正直会話らしい会話はした事がなく、一度も触れられた事も触れた事もない。
(あの人は、僕を嫌っていたから……)
だから急死した時は何の引き継ぎもなく、仕事のやり方すら教わっていなかったので全てが手探りでかなり苦労した。しかも急死したとクラウスが思っていただけで本当は三カ月程前から余命を宣告を受けていたそうだ。それならば少しは引き継ぎなりなんなりしてくれれば良かったもののと思ったが、父はそういう人間だ。期待など意味はない。
父の訃報を聞かされた時、何の感情も湧かなかった。クラウスにとって事務的な報告に過ぎない。あの時はそんな事よりも彼を……ーー。
クラウスは柱時計の鐘の音に目を開けた。寝汗が凄く頭痛がして身体が異様に怠い。
枕の横には書類の束が置かれていた。どうやら目を通している途中で寝てしまったらしい。
「もうこんな時間、か……っ」
時計を確認すれば、そろそろルーフィナの下校時刻だ。確か今日辺り期末試験の答案が返却されるとか言っていた筈だ。かなり努力していたので良い結果が出ているに違いない。まあ侯爵夫人として当然の事だ。だが何か……ご褒美があってもいいかも知れない……。そんなつまらない事を考えてしまうのは心身が弱っているからだろう、きっと。
(兎に角迎えに、行かないと……)
そう思い身体を起こそうとしても言う事をきかない。だが早くしないと彼女が待っている。そう思った瞬間思わず笑いが込み上げた。別に約束をしている訳ではない。自分が勝手に迎えに行っているだけだ……。それなのに彼女が待っているなど烏滸がましいにも程があるだろう。
「失礼致します。クラウス様⁉︎」
どうにか身体を起こしベッドから下りようとしたが、フラついて床にずり落ちてしまった。タイミングよく部屋に入って来たジョスは、そんなクラウスを見て驚愕し慌てて駆け寄って来た。
ジョスに身体を支えられベッドに逆戻りする事になり、自分の置かれている状況に嫌気がする。高々熱ごとき寝込むなんて……自分自身だけが頼りなのに何とも情けない。
「クラウス様、暫くは安静になさる様に医師からも言われております」
「分かってるよ……でも、ルーフィナを迎えに行かないと……」
「そんなお身体で無理です! 高熱を出されていらっしゃるんですよ。ルーフィナ様のお迎えでしたら私が代わりに行って参りますので、クラウス様は休まれていて下さい」
ジョスは仕事は出来るが、たまにやらかす。正直任せるのは不安だ。だが他に手立てはないし他の使用人になんて余計に任せられない。……他人など、信用出来ない。
「じゃあ、君に頼むよ。でも、彼女には僕の体調の事は言わずに急用が出来たからと伝えて。後暫く迎えに行けないとも……後、絶対にルーフィナを……屋敷まで、送り届ける、様に……分かった、ね……」
意識が朦朧としてきて上手く呂律が回らない。ジョスが部屋から出て行く後ろ姿を見届けてクラウスは意識を手放した。




