二十話
クラウスをただお茶に誘っただけなのに、何故こんな事になっているのか分からない……ーー。
今日、学院は休みだ。これまで休日は朝からショコラと庭で遊んだり、お茶をしながら読書をしたりとまったりと過ごすのが恒例だった。だがクラウスとお茶をした翌日からルーフィナの生活は一変した。
「違う。それ、昨日教えた筈だよね」
背筋を正し机に向かう事、彼此数時間……。休日だというのに朝からずっと勉強漬けだ。
始めは平日に帰宅後一時間、休日に二時間程度だったが、先日の小テストで微妙な点数を取ってしまった事でこんな事態になっている……。
『平均点よりは僅かに上回っているけど、これは頂けないね』
見せるつもりは無かったのだが、鞄から教科書を取り出した際に床に落として見つかってしまった……。更に悪い事に彼から「確かもう直ぐ期末試験だったね」と言われた。彼が学院を卒業したのはもう十年も前の話だが、体制などそう変わるものではなく完全に把握されていた……。その為、今は期末試験に向けて平日三時間、休日はルーフィナの気力体力が尽きるまで勉強時間を増やされている。
「これで本当に真ん中より上の成績なのかい? これじゃ下から数えた方が早いんじゃ……ゔっ‼︎」
クラウスから嫌味を言われ身を縮こませていると、部屋の隅で何時もの如く監視していたショコラが勢いよく走って来たかと思えばクラウスに向かってダイブした。
「兎に、角、このままではっ、侯爵夫人には相応しい、とは、言えな、い''から……重っ」
「すみません……」
ルーフィナは教科書に目を通しながら横目でクラウスを盗み見ると、隣に立っていた筈の彼は座っているルーフィナより低い体勢になり床に膝を付いていた。必死にショコラを押し戻そうとしているが、ショコラの方はどこ吹く風だ。大きな尻尾をブンブンと左右に振り回す様子からして完全に遊ばれている事が分かる。
「あの……大丈夫ですか?」
「問題、ないっ……君は、勉強を続、け……」
「あ……」
クラウスは完全にショコラに下敷きにされ力尽きた。
「ジルベール、食後に僕の用意したお茶を淹れてくれるかい」
「畏まりました、坊ちゃま」
「っ……」
その瞬間クラウスは、顔を赤くしてジルベールを睨むが彼はまるで意に介さず空の皿を下げていた。そんなやり取りにルーフィナは苦笑する。そして実は最近分かった事がある。普段穏やかで優しく時に厳しいジルベールは意外と腹黒いかも知れない……。クラウスから何度も坊ちゃまと呼ばない様に注意されているのにも関わらず一向に直そうとしないのだ。多分ワザとではないかとルーフィナは疑っている。きっと彼も気付いている筈だ。だがそれでもクラウスが感情のままに怒る事はない。それが少し意外だった。
「ご馳走様、美味しかったよ」
毎日の様に長い時間クラウスに勉強を強制的に見て貰っているので、彼の屋敷での滞在時間が増え必然的に一緒に食事をする様になった。
「前に話していた僕のお勧めのお茶を持ってきたから、君も飲むといいよ」
「ありがとうございます」
カップに鼻を近付けると爽やかでフルーティーな香りがする。一口飲んでみると、癖はなくスッキリとして飲み易かった。
優雅にお茶を啜るクラウスを盗み見ながらルーフィナもお茶を飲みまったりとする。お茶の香りに疲れが吹き飛ぶ様だ……癒される。
「さて食事も済んだ事だし、勉強を始めようか。ほらさっさと行くよ」
「はい……」
癒しは一瞬で吹き飛んだ……。ルーフィナは項垂れながらもクラウスと部屋へと戻る際、ジルベールが此方を見て和かに笑う姿が見えた。
その後、勉強は夜遅くまで続き二十三時になってようやく解放された瞬間ルーフィナは机に伏せてそのまま寝てしまった。そして夢現に身体がふわりと浮いた気がした。




