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【書籍】web版*旦那様は他人より他人です 〜結婚して八年間放置されていた妻ですが、この度旦那様と恋、始めました〜  作者: 秘翠 ミツキ


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十八話


「お前が土弄りしてるとか、どっかに頭でも打つけたのか?」

「……」


 どうして何時もこうもタイミングよくやって来るんだと苛っとする。

 クラウスは中庭の花壇の前で蹲み込み土を掘っていたが、その手を止めスコップを地べたに置いた。


「へぇ、なんか埋めるのか?」

「……君には関係ない」


 隣に蹲み覗き込んでくるのが鬱陶しい。

 クラウスはバレない様に側に置いていた小さな麻袋を隠そうとするが、目敏いアルベールに見つかった。


「それ、もしかして種か?」

「はぁ……そうだけど、何?」


 面倒になり大人しく白状すると、彼はニヤリと笑った。陸な事を考えていない顔だ。


「あぁ、成る程な! 花好きの奥方に育てた花を愛を込めて僕が育てたんだよとか言って贈ろうとしてるんだろう。お前最近奥方にご執心だもんな」

「なっ……」

 

 何がご執心だ! 僕は別にそんなんじゃない……だが目的は間違ってはいない。


 カトリーヌとの事を弁明しようとしたあの日、誤解を解く所かそもそも彼女は気にも留めていない様子だった。ルーフィナは完全にカトリーヌをクラウスの愛人だと思い込んでおり、更には全く嬉しくないが容認をしてくれた。それだけクラウスには興味もなければ関心もないという事だろうか……。予想外の出来事に衝撃を受けたクラウスは上手く言葉が出てこず情けない事に黙り込んでしまった。

 その日はとてもじゃないが彼女の屋敷に立ち寄る気分にはなれずクラウスはそのまま帰る事にしたのだが、その帰り道での事だ。馬車の窓から呆然と景色を眺めていると、ヴァノ家御用達の花屋が目に入った。ふとお茶会で花を見て微笑むルーフィナを思い出し、気付いたら馬車を止めさせていた。


「だけどさ、何も一から育てなくても花屋があるんだから買えばいいだけの話だろう」

「この花は売ってないんだよ。何しろ異国の珍しい花らしくてね」


 店に入ると真っ先に目に付いたのは一際存在感を放つ赤い薔薇だった。やはり女性に贈るなら薔薇だろうか……。暫し悩みながら眺めていると奥から出て来た店主に声を掛けられた。妻に贈りたい趣旨を簡潔に話すと、店主は人好きのする笑みを浮かべ「それでしたらやはり赤い薔薇がお勧めでございます」と言った。なので取り敢えず店にある赤い薔薇を買い占め翌朝に彼女の屋敷に届けさせる事にした。

 翌日の午後、何時も通り彼女を馬車で迎えに行った際に「今朝、お花を受け取りました。ありがとうございます」と笑顔で礼を言われた。やはり赤い薔薇にして正解だった様だ。早速ジョスに言って明日も彼女の屋敷に赤い薔薇を届けさせようとクラウスは上機嫌になるのも束の間「そうだったんですね、でもそれでしたらカトリーヌ様に差し上げなくて宜しかったんですか?」と言われた時には一瞬なにを言われたのか理解出来なかった。誤解しているのは分かる。それはこの際置いておいて、普通なら夫に愛人がいれば嫌悪感を抱くものではないのか……それなのにも関わらず一体何の心配をしているんだと脱力してしまった。今日こそ誤解を解こうと考えていたが、気力がない……。

 結局手をこまねいたまま馬車は屋敷に到着してしまい、クラウスはその日も屋敷に立ち寄る事なく帰路に着いた。


 まあ何にせよルーフィナが薔薇の花を気に入ってくれた事には違いない。何故だが分からないがその事実が無性に嬉しい……。

 クラウスは気を取り直し自邸に戻ると開口一番にジョスに花を手配する様頼んだ。それから毎朝、彼女の屋敷には赤い薔薇の花束が届けられた。だが彼女の反応は今一だった。相変わらず礼は言ってくれるが心なしか笑顔が少し困っている様にも見える。もしかしたら赤い薔薇に飽きてしまったのかも知れない……色を変えた方がいいのだろうか。そんな風にクラウスが頭を悩ませていた時、花屋から珍しい花の種が入荷したと聞かされ思わず買ってしまった。異国の品種なのでこの国では栽培は行われておらず、自力で育てる他はない。だがまさか彼女に育てさせる訳にはいかないだろう。だがジョスや他の使用人等に任せるのも癪で結局こうして土弄りをする羽目になっている。


「今更感は凄いが、正に青春だな、青春! いや〜まさかお前が奥方に恋する日が来るなんてな」


 品なく大口を開け豪快に笑うアルベールに冷たい視線を向けながらも無視をしてクラウスは作業を続ける。麻袋から種を取り出し土に埋めると用意していた水をやり立ち上がる。


「だから別にそんなんじゃないから」

「まあまあ、怒るなって。それにしても俺ならそんな面倒臭い事せずに、薔薇の花束と宝石の一つでも贈って愛を囁くのにな〜。まあでも、お前は昔から女性にモテまくりでより取り見取りだっていうのに、未だに色恋の一つも知らないお子様だし仕方ないか」


 アルベールは、うんうんとワザとらしく頷き一人納得をする。


「なっ、誰が……」

「いやいや、だってお前童貞だろう?」


 一瞬思考が止まり次の瞬間には一気に顔に熱が集まるのを感じた。


「あ、おい、クラウス! 冗談だって!」


 クラウスは無言で踵を返すとそのまま歩き出す。背中越しにアルベールがまだ戯言をほざいているのが聞こえてくるが、そんな事はどうだっていい。今は一刻も早くこの場から立ち去りたい……。


(暫く出入り禁止にしてやる……)


 アルベールを暫く屋敷に入れないと決めた。




 

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