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【書籍】web版*旦那様は他人より他人です 〜結婚して八年間放置されていた妻ですが、この度旦那様と恋、始めました〜  作者: 秘翠 ミツキ


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十七話



 ようやく帰れると馬車に乗り込んだルーフィナは馬車に揺られながら只管窓の外を眺めていた。暑くもないのに背中に汗が流れるのを感じる。お茶会の帰りの馬車でもそうだったが、これまで以上に気不味い空気の中何故かクラウスが無言のまま此方をガン見してくる。何か言いたい事でもあるのだろうか……。


「あの、侯爵様……何か私、粗相でも致しましたか?」

「は? あ、いや……」

「ずっと此方を見られているので、何かあるのかと思いまして」


 視線に耐え切れなくなったルーフィナは恐る恐る訊ねてみると彼はまた黙り込んでしまうが、暫くして小さなため息を吐き諦めた様に口を開いた。


「違うんだ……」

「?」

「先日の事なんだが、カトリーヌとは、その……違うんだ、だから誤解しないで欲しい……」


 何時も強気なクラウスが珍しく控えめで、ルーフィナは思わず目を丸くする。そして主語がない彼の言葉に始めは何を言わんとしているのかがよく分からなかったが、少し考えてピンときた。成る程、そういう事か……言い辛い事なので言葉を濁しているに違いない。


「大丈夫です、分かってます。愛人さんなんですよね」

「いや、だからそうじゃ……」

「安心して下さい、侯爵様。名ばかりの妻である私が、正妻という立場を盾にしてカトリーヌ様との関係をとやかく言ったりなど絶対に致しませんので」

「……」


 ルーフィナの言葉にクラウスはまた黙り込んだ。その様子を見て内心完璧だと頷いた。

 実は以前、淑女の嗜みという少し年季の入った本を読んだ事があるのだが、その中に「夫の浮気は男の甲斐性であり責めるべからず、妻として肯定し受け入れるのが淑女の在るべき姿、醜い嫉妬など淑女にあらず」とあった。そうする事で波風を立てず平穏無事に過ごせるらしい。今更ながら読んでおいて良かったとルーフィナは胸を撫で下ろすが、ふとある事を思い出す。


(でもそういえば、以前テオフィル様が浮気は良くないと仰っていたけど……確かに冷静になって考えると妻がいるのに浮気するのは良くないかも……なら此処は苦言を呈するべき所?……でも、そんな事を侯爵様に言ったら睨まれそうだし……私は一体どうしたら……)


 最近はクラウスと接触する機会が増えたが、それでもルーフィナに取っては他人以上知り合い未満くらいの感覚でしかない。きっと彼も同じだろう。そんな名ばかりの妻が、幾ら浮気をしたからと急に我が物顔で口を出すのは違う気がする。それにテオフィルからは我慢する必要はないと言われたが、別に我慢をしている訳でなく現状に不満はない。

 考えれば考える程よく分からなくなってきたのでルーフィナは考える事を放棄する。取り敢えずクラウスは納得してくれた様子だし、まぁいいかと思う。

 ただクラウスを見れば何とも言い難い表情でまだ此方を見ていた。何だろうこの既視感……。


(あ! そうだわ、ショコラが悪戯しておやつを抜きにした時の表情に少し似てるかも……)


 そう考えると何だか少し可愛く見えてくる。

 この後クラウスは、珍しく屋敷には寄らずに帰って行った。



 その翌日ーー。


「失礼致します。ルーフィナ様、お花が届きましたが如何なさいますか?」


 朝起きると侍女が両手に抱えきれない程の赤い薔薇の花束を持って来た。何時もと違う色にルーフィナは目を丸くしていると侍女が「旦那様からです」と遠慮がちに答えた。


「侯爵様」

「……何?」

「今朝、お花を受け取りました。ありがとうございます」

「別に礼を言われる程の事ではないよ。たまたま花屋に立ち寄ったら少々強引に勧められたので仕方がなく買ってみたんだ。でも僕は花なんて不要だからね、それで女性の君なら花の一つや二つあっても困らないと思っただけだよ。まあ妻に花を贈るなんて瑣末な事だしね」


 帰りの馬車で今朝届けられた花束の礼を述べると、彼は早口で話し始めた。速過ぎて半分くらいしか聞き取る事が出来なかったが、要するに断り切れずに買ってしまった花の処分に困ったのでルーフィナにくれたという事だろうか。


「そうだったんですね、でもそれでしたらカトリーヌ様に差し上げなくて宜しかったんですか?」


 ルーフィナに他意はない。ただ単に素朴な疑問をぶつけてみたのだがクラウスは黙り込んでしまった。もしかして彼女と仲違いでもしてしまったのだろうか……。不躾だったと反省をした。


 その翌日、また花束が届けられた。その翌日、更に翌々日も……。何故か毎朝、クラウスから赤い薔薇の花束が屋敷に届けられる様になった。折角なので自室に飾っているが、流石にこうも毎日だと飾りきれなくなってくる。意外と日持ちがするので気付けば部屋は薔薇の花で溢れかえっていた。とても綺麗で花は好きなので嬉しい事には違いはないが、そんなに毎日押し売りにあっているのだろうかと少し心配になった。

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