表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

第17話 「宴」

「はいそれ嘘ォー!」


 男たちの乱入にも一切動じず、ファルマキアは笑顔を崩さなかった。


「そう言えば局面が動くかな!? と思って、とにかく言ってみたんだと思うけど、無理でしたー! 残念! だって、本当にソクラテスさんの家族を人質にとってるなら、その証拠に、今、この場に連れて来てなきゃおかしいよね? 来てるなら出してみ? 出してみ? ほれほれ」


「……間抜けどもめ」


 アルキビアデスがうんざりとしたように吐き捨て、わざとらしく白目をむいてのけぞる。


「人質だって? 無い頭で、どうにか僕を救う策を考えたんだろうけど、つくなら、もう少しまともな嘘をつきたまえよ」


「はーい、それも・・・嘘ォー! 残念!」


 アルキビアデスの声に重ねる勢いで、ファルマキア。


「『人質だって?』じゃないよね。あなたの差し金だよね?

 わたしたちが屋敷に向かいはじめたとき、スペーケスも消えたけど、道々、あなたが目配せして、取り巻きが二人くらいスーッと道を曲がって消えるのを、ファルマキアちゃんはきっちり目撃していたのでしたー!

 あなたは、わたしがΕエイの者だって、最初から気付いてた。そのあなたが、わたしを屋敷に入れたってことは、当然、自分の身を守るために、何かしらの手を打ってたはず。たとえば、スペーケスを寝椅子の下に入れとくとか、ソクラテスさんの家に手下を送り込んで、家族を人質にとっておく、とかね!」


「では――」


「で、空振り・・・したと」


 声をあげかけたソクラテスを目で制し、ファルマキアは、おろおろと戸口のあたりに突っ立ったままの男たちに言った。


「あなたたちは、ソクラテスさんの家に行ってはみたものの、そこには誰も・・いなかった・・・・・。そうでしょ? だって、そうじゃなかったら、あなたたちが生きて帰ってくるはずないもんね!」


「なるほど」


 アルキビアデスが、目を細める。


仲間・・がいたのか。きみは今『生きて帰ってくるはずがない』と言ったね? ソクラテスの妻に、そんな芸当はできっこない。きみの仲間が、ソクラテスの家に残っていたんだ。これは想定外だったな……」


「あ」


 片手で口をおおって、ファルマキア。


「うっかり口が滑ったッ! ファルマキアちゃん、まさかの凡ミスッ」


「で?」


 もはやファルマキアのほうも見ず、あごをのけぞらせ、天井に描かれた精霊ニンフたちの姿を眺めながら、アルキビアデス。


「これからどうする? ぼくはもう、いい加減、退屈でいらいらしてきた。ぼくをやる気なら、さっさとやりたまえ。その気がないんだとしたら、さっさと、ぼくの上からどいてくれないか?」


「えー? うーん……えー、どうしよっかなー!」


「うるさいな。くだらない言葉遊びはもういい。きみはさっきから、いったい、何のために時を・・稼ごう・・・としているんだ――?」


 そのときだ。

 最初に聞こえたのは、かすかなアウロイの音だった。

 緊迫した状況にあまりにもそぐわない、宴会めいた陽気な調べに、一瞬、全員の目が点になる。


 その笛の音は、どうやら、表通りから聞こえてくるようだ。

 いや、聞こえてくるどころではない。

 明らかに、どんどん近づいてくる。

 それどころか、がやがやとにぎやかな大勢のざわめき、竪琴キタラーの響きまでが、一緒になってこちらに近づいてくるのだ。


「何事だ!」


「よ……」


 部屋の外をうかがったアルキビアデス配下の男たちが、とんでもないことになったという顔で振り向き、叫んだ。


「酔っ払いです、アルキビアデス様! 酔っ払いの、大集団です! それに、笛吹きと、竪琴弾きまで来ます!」


「酔っ……何だって?」


「おやめください、帰りなさい! いったい何なんです、あなたがたは――」


「おい、いかん! そこは入ってはいかん! 止まれ、出ていけ!」


 召使いたちの混乱しきった制止の声と、それを今にもかき消さんばかりの歌声、喚声、どら声が、音楽と一緒になって押し寄せてきた。


「スペーケス!」


 アルキビアデスが叫び、一瞬でソクラテスから離れたスペーケスが、仕掛け箱の逆戻しのような勢いで寝椅子の下に滑り込む。

 ファルマキアもまた、たわんだ弓が弾ける勢いで飛びすさり、針をしまって、衣のすそを直した。

 アルキビアデスがさっと髪をはらって起き直り、ソクラテスが首をさすりながら突っ立っているところへ、どやどやと乱入してきたのは、酒臭い男たちの一団だった。


「どうも、どうも、アルキビアデスさん!」


 一同を代表してか、腹の突き出た、気のよさそうなおっさんが赤ら顔で一礼し、完全にできあがった胴間声を張り上げる。


「いやぁ、聞きましたよぉ! 戦の準備の景気づけに、皆に、酒を振る舞ってくださるって話じゃ、ないですかぁ! まったく、お若いのに、感心、感心!」


「さっすが、将軍ともなると、度量が違うよぉ、度量が!」


「いよっ、将軍! あんたが一番!」


「俺ぁねえ、アルキビアデスさん! あんたに、投票しましたよ! あんたなら、絶対やってくれるって、なあ、皆!? そうだよなあ!?」


 ウエーイ! と盛り上がる酔っ払いの集団を、アルキビアデスはしばし、目をしばたたかせて見ていたが、


「そうさ、皆さん!」


 一瞬後には、あの輝くような笑顔を見せて両腕を広げた。


「今日は、遠慮なく飲んで、くつろいでいってくれたまえ。すべて、ぼくの酒蔵から出た秘蔵品だよ。さあさあ、座って。おや、明らかに椅子が足りないじゃないか? おい、おまえたち何をしてる、葡萄酒と混酒器クラテルキュリクスを! 席を作れ、なければ、ありったけのクッションを集めてきたまえ!」


「行くっすよ、ファルマキ……ファル・・・マコス・・・くん」


 プァーン! と景気よくアウロイを鳴らして、一団を先導してきた笛吹きの女――アラクネが囁いた。


「今のうちに抜け出すっす。ソクラテスさんも、さあ、こっちへ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ