第百九十五話 痛みと柔らかさのサンドイッチ
『ぎゅっ。ぎゅっ。ぎゅっ』
ひめが覆いかぶさるようにして、体重をかけてくれている。
おかげでいい感じにストレッチができていた。少しきついのだが、ひめの感触が柔らかいせいかあまり気にならない。感覚が相殺されている気がする。
「陽平くん、自力だと柔軟性は低いように見えましたけど、押してあげると曲がりますね」
「む、無理はしてるけどね」
「がんばっていて偉いです。よしよし」
押していると言うか、もはやひめは背中に乗っている状態だ。
いつも撫でてあげているみたいに、今はひめが俺の頭を撫でている。いとこの心陽ちゃんもそうなのだが、幼い子って年上の真似をしたがるよなぁ……そういう一面も、すごく愛らしかった。
俺ががんばれているのは、間違いなくひめが手伝ってくれているおかげだろう。
現在、俺は開脚のストレッチをしている。もうすでに内またにテンションがかかっていて、痛みと気持ち良さが混在していた。ひめの体重は良い感じの加減のようだ。
「……二人で盛り上がっててなんかずるいっ」
あれ? 先ほどまでふて寝していた聖さんが、いつの間にか近くまで来ていた。
疲れたと愚痴をこぼしていたのに、一人にされて寂しかったらしい。運動は嫌みたいだが、それ以上に構ってほしいのかもしれない。
開脚して、前方に体を倒している状態なので、聖さんの姿が見えているわけじゃない。しかし、声がすぐ後ろから聞こえてきたので、結構近くにいることが理解できた。
「お姉ちゃん、お休みしなくてもいいのですか?」
「……つ、疲れてはいるんだけどね~。ほら、私がいないと二人とも物足りないでしょっ? だから来てあげたんだよ~」
「そうなのですか。それなら、気を遣わなくても大丈夫ですよ。陽平くんとなら、二人だけでも楽しく過ごせますから」
「やだ! 寂しいこと言わないでっ。ひめちゃん、もっとお姉ちゃんをほしがって! 私を必要としてよ、も~っ」
「はぁ……めんどくさいお姉ちゃんですね。よしよし」
ひめが仕方なさそうに聖さんの相手をしている。
相変わらず、緩い会話だなぁ……と、和んでいる状態ではないわけで。
「ひ、ひめ? そろそろ――」
もう限界だった。開脚した状態で前に上体を倒しているのだが、手のひらがぺったりと地面についている。これ以上曲げると股関節が悲鳴を上げていたので、背中に乗っているひめにそう伝えたのだが。
「――ひめちゃん、私も手伝うよ!」
聖さんの元気な声が、俺の言葉を遮った。
ほんわかしている割に、この人は声が大きい。そのせいで俺の声はかき消されたのか、ひめに届いていないようだ。
「手伝うって、何をするんですか?」
「私が押すよ! ほら、ひめちゃんは軽いから、よーへーも物足りなさそうだしっ」
「……たしかに、お姉ちゃんの体重ならもっと曲がりそうですね」
「た、体重の話はしてないもんっ」
「してますよ。わたしは軽くて、お姉ちゃんは重いと言いましたよね?」
「私が重いとは言ってないです~」
……いや、ちょっと待ってくれ。
俺の意思はどこへ? もう十分に柔軟はしたから、そろそろ終わりにしたいのだが……。
「じゃあ、お願いしますね」
「あ、ちょっと待っ――」
「はーい。いくよ~!」
言葉をはさむ隙間がなかった。
ひめが背中から降りた瞬間に、体を起こして制止しようとする。
しかし俺の話を、聖さんは聞いていなかった。背中に手をつけて、それからグッと体重をかけてくれた。
その瞬間、体が落ちた。
「あ」
あ、じゃなくて。
聖さんが声を上げた時には、もう遅かった。
「――っ!?!?!?!?」
悲鳴を上げることさえできない。
それくらいの痛みで、視界が真っ白だった。
現在、俺の頭が地面にぺったりとついている。
額から落ちた。おかげで少し頭も痛い。
しかしそれ以上に、股が痛い。裂けている気がしてならない。
あと、背中になにか柔らかい感触があった。
これは、たぶんあれだよな……?
こんなに痛くても柔らかいと感じられるのはすごい。しかし痛みが今は勝るので、それどころじゃない。
どうやら、俺の背中を押していた聖さんが足を滑らせて転んだらしい。
そのせいで、大変なことになっていた――。




