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誰にも懐かない飛び級天才幼女が、俺にだけ甘えてくる理由  作者: 八神鏡@幼女書籍化&『霜月さんはモブが好き』5巻


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第百八十九話 全てが優しい物語

 躊躇していた。

 彼女への気持ちに対して、なかなか踏ん切りがつかなかった。


 理由は色々ある。

 そのうちの一つに『家柄』もあった。


 たとえば、俺が恋人になりたいと決意したとするとしよう。

 奇跡的に、その思いが報われたことを想定した時、しかし星宮夫妻からは歓迎されないだろうと思っていたのだ。


 どこにでもいるような庶民に、大切な娘を預けたくない――そう思われるのではないかと、恐れていたのだ。


 でも、それもまたただの被害妄想にすぎなかったらしい。


「陽平はこういうことを気にする性格でしょう?」


「それは……もちろん、気にします」


「『普通』の人間だものね。恋人の保護者の反対を押し切ってまで、自分のわがままを貫くような……主人公みたいな人間にはなれないでしょう?」


 見透かされていた。

 ここまでの会話から、俺の人間性を世月さんは把握したのかもしれない。思考が見られているみたいで、居心地は悪い。


 しかし、楽ではあった。

 嘘をついたり、虚勢を張ったりしなくてもいい。どうせバレるのだから、素直に応じればいい。


「俺は、そういう人間なんだと思います」


「うふふ……まぁ、いいんじゃないかしら? 主人公みたいな人間って、つまりわがままで傲慢ってことでしょ? そういう性格なら、ひめが懐くわけないわ。あなたは、あなたらしくていいのよ」


「でも、世月さんは俺みたいな人間に興味ないんですよね?」


「私に興味を持たれるような人間になったらダメじゃないかしら。能力が高いって、いいことばかりじゃないのよ? もっと能力の高い人間の道具にされちゃうものね」


「ど、道具……」


 時折、発言が怖くなるのが怖いのだが。

 とにかく、世月さんは否定的でありながらも、ちゃんと受け入れてくれていることは理解できた。


「何もできないからこそ、背伸びせずに等身大の幸せを享受できる。欲をかかずに、現状に満足して穏やかにすごせる。卑屈じゃないからこそ、無駄に足掻いて苦しく思わずにいられる。それで十分よ」


 ……怖い人ではある。

 でも、世月さんは決して冷徹な人間というわけではないように見えた。


 だって、発言が優しいのだ。


 ……やっぱり、ひめと聖さんの母親だなぁ。

 あの二人のような優しさを感じた。姉妹に比べると厳しい顔をしていることが多いかもしれないが、気を緩めると意外とこうやって柔らかい雰囲気が出る人なのだろうか。


「そういうわけだから、家柄を言い訳にして娘を弄ぶのはやめなさいね。もしうちの娘を軽く扱ったら容赦しないわ」


 訂正。優しいというか、親バカなだけだった。普通に怖い。

 まぁ、その心配は杞憂なのだが。


「大丈夫です。弄んだりしないですし、軽く扱うこともありえません」


 それだけは断言できた。

 だからこそ、こんなに悩んでいるのだ。俺が軽薄な人間なら、何も考えずに手を出しているはずだろう。


 その部分においては、世月さんも少しは信頼してくれているようで。


「……そこをちゃんと断言できるのは素敵ね。脅す意味もなかった、ということかしら?」


 小さく笑って、それから世月さんはゆっくりと立ち上がった。

 スラっとしたスタイルの綺麗な女性。二人の娘がいるようには思えないほどに若々しい女性が、俺の方に歩み寄って――そのまま隣を、通り過ぎて行った。


 強めの香水の匂いを残して、彼女は歩き去る。

 まるで、もう話すことはないと言わんばかりに……と、思ったのだが。


「――どちらを選ぶのかも、ちゃんと決められるといいわね」


 動きを止めることはなかった。

 しかし、去り際。扉を空けながら、世月さんは囁くように小さな声で呟いた。


「ひめか、聖か。贅沢な悩みね……苦しみなさい? その苦悩が、後の幸福を作るわ」


 そう言ってから、世月さんは扉を閉めた。

 ……最後に、厳しいことを言ってくれるなぁ。


「苦しめ、か」


 俺が悩んでいることも、ちゃんと見透かされていた。

 その上で、否定せずに認めてくれて……しかし、甘やかすことはせずに、突き放された。


 ひめの年齢を理由にダメだと言ってくれれば、諦められた。

 逆に、年齢なんて関係ないと言ってくれれば、覚悟を決められた。


 でも、どちらも世月さんは言わなかった。

 俺に言い訳の理由を与えなかったのである。


 ……本当に、みんな優しい。

 普通なら止められるはずなのに、みんなが見守ってくれる。


 だからこそ、苦しもう。

 ちゃんと考えて、答えを出そう。


 それだけが、俺にできる唯一のことなのだから――。

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