第百八十八話 このイベントで伝えたかったこと
……そもそもの話になるのだが。
世月さんは何を目的として、俺を呼び出していたのだろう?
突然のことだった。何の前触れもなく対面して、色々な話をした。
試されて、失望されて、評価されて……その結果、世月さんは何を決定できたのだろうか。
もし俺が、ひめに懐かれるほどに特別な性質を持っていた人間だった場合は、先ほど言った通り身内に引き込む算段だったらしいが。
しかし残念ながら、世月さんの期待通りの結果にはならなかったわけで。
この場合、世月さんは何をしようとしていたのか気になっていた。
この出会いは、いったいどんな目的で発生したイベントなのだろう。
どんなフラグを立てるための場面なのか……と、ゲーム脳なので考えてしまう。
その答えはどうやら、これから発表されるようだ。
願わくば、悪い内容でありませんように。
たとえば『娘との交遊をやめてほしい』なんて方向で話が進んだら嫌だなぁ、と少し悪い方向に物事を考えていたからだろう。
「――娘のことをよろしくね」
その発言に、面食らってしまった。
まさか、そんな良い方向の意思決定だとは想定していなかったのだ……心配が杞憂だと分かっても、動揺のあまり言葉が詰まった。
そんな俺を見て、世月さんは肩をすくめていた。
「あらあら。もしかして、娘たちの関係を反対されると思っていたの? 資産家のご令嬢にありがちな、交友関係にまで口を出すうるさい母親だと思っていたのね?」
鋭い。まさしくその通りだったので、驚いてしまったのである。
だって、突然呼び出された理由なんてそれくらいしか思いつかない。娘たちのためを思って、という建前で悪い虫を追い払おうとしているのだと、勝手に妄想していた。
世月さんはどうやら、俺や姉妹の意思を尊重してくれているようだ。
「うふふ。安心しなさい……私はそうやって育てられたけど、娘たちに同じ思いはさせたくないとは心がけているのよ。まぁ、あなたが優秀な子だったら自由恋愛なんてさせずに強制的に引き入れていたかもしれないけど、そうならなくて良かったわ」
……訂正。これはあれだな。俺に利用価値が薄いと判断したからこそ、わざわざ手を出すまでもないというのもあるのか。
十割が善意というわけではないのかもしれない。でも、結果的に意思を尊重してくれるようなので、それはそれでいいや。
「私の出来心が生まれる余地もなく平凡な人間で良かったわね。おかげで、ちゃんと伝えようと思っていたことが、素直に言えるわ」
色々と、関係のない話はたくさんしたのだが。
今回の出会いで、世月さんが伝えたかったのは――
「私も夫も、娘の恋愛には干渉しないわよ」
――干渉しない、という一言だった。
「だから、遠慮しないでね。家柄とか気にせず、娘に手を出したいなら好きにしなさい」
「……大丈夫、なんですか?」
気にしていなかった、わけがない。
姉妹の家柄が、あまりにも俺とかけ離れていることを無視できるほど、鈍感な人間じゃない。ずっと、頭の片隅に引っかかっていたことだった。
だからこそ、その一言はありがたかった。
「娘の幸せの足かせにはならないわ……こういう家の親ってあれこれ口出ししてくるから、すごく邪魔でしょう? 私も夫も子供の頃にうんざりさせられたのよ。だから、娘たちには自由に生きてほしいと願っているわ」
先ほど、俺に利用価値があった場合はまた別の考えにになると言っていた。あれも本心ではあると思う。
でも、今の発言もまた世月さんの本心だと思う。その証拠に、顔つきはとても穏やかで……嘘をついているようには、決して見えない。
もちろん、この人は感情を隠すのが上手なので、うまく読み取れていないだけの可能性は否めないのだが。
しかし、世月さんは娘の話をするときだけすごく穏やかな顔つきになる。
だからこそ、なんとなく信じてもいいなと思えた――。




