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誰にも懐かない飛び級天才幼女が、俺にだけ甘えてくる理由  作者: 八神鏡@幼女書籍化&『霜月さんはモブが好き』5巻


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第百七十五話 寂しがり屋のひめにゃん

 黒猫と幼女と、それから俺。

 一匹と二人でのんびりとした時間を過ごしていた。


 天気はくもり。人がいない公園ということもあってか、閑散としていていつもより涼しいとすら感じてしまうから不思議だ。地面がアスファルトではなく土というのも、風情があっていい。


 このままなら、ずっとだらだらしていられるなぁ。

 ……なんて、思っていたのだが。


『♪』


 唐突に、ひめのスマホが音を鳴らした。

 どうやら連絡が来たようである。


「あ、芽衣さんから『そろそろお迎えにいってもいい?』とメッセージが来ました。買い物のついでに来たい、とのことです」


 時間も頃合いだったらしい。

 図書館に来てからだいたい四時間ちょっとくらいかな?


 時間が経つのは早い。いや、ひめと一緒にいるから、時間が経つのが早く感じるのか。


「じゃあ、そろそろ図書館に戻らないとね」


「はい。ニ十分ほどで到着する予定みたいです」


 移動の時間もちょうど良かった。芽衣さんを待たせることもなさそうだ。


『にゃっ』


 俺たちが帰るのを察したのだろうか。

 足元で丸まっていた黒猫が短く鳴いた。それに気付いて、ひめはもう一度しゃがみこんで黒猫を撫でた。


「わたしたちはもう帰りますね」


『にゃー』


 撫でられると、黒猫は気持ちよさそうに目を細めた。

 されるがままである。ひめに心を許しているようにも見えた。


 だから、だろう。

 ひめは少し、心残りがあるように見える。


「あなたは、寂しくないですか?」


『にゃ?』


 黒猫も、ひめの異変を感じ取ったのかもしれない。

 不思議そうに、ジッと彼女を見つめている。


 そんな黒猫と目を合わせて、ひめはこんなことを呟いた。


「……うちに来ますか?」


 どうやら、黒猫のことを放っておけなくなったらしい。

 本当にこの子は心優しい。素直で、純粋で、あどけなくて、真っ白だ。


 その言葉が善意のものだと、俺はよく分かっている。

 たぶん黒猫も、ひめに悪意がないことは分かっているだろう。


 しかし、だからと言って……黒猫は、ひめに甘えたりはしなかった。


『にゃー』


 返事に一つ、鳴き声を上げる。

 それから黒猫はゆっくりと体を持ち上げて、最後のひめの指をぺろっと撫でてから……そのままスタスタと、歩き去って行った。


 まるで『ありがとよ』と言わんばかりに、クールな背中である。

 同時に『自分は野良でいい』と言いたげな所作でもあった。


「……振られてしまったようですね」


「振られたとは、ちょっと違うと思うけど」


 ひめはしょんぼりとしている。

 そんな彼女を見て、思わず笑ってしまった。


 この子はやっぱり、純粋だ。

 その愛らしさに、ついついほっぺたが緩むのだ。


「落ち込む必要はないよ。野良の猫だから……自分の生活があるってことなんだと思う。もし困っていたら、ひめを頼っていただろうし」


 ふてぶてしいというか、堂々としている猫だった。

 人間相手にも臆さない立派な野良の猫である。痩せてもいなかったし、あの猫は自分自身の力で生き抜くことに慣れているように見えた。


「そうですよね……」


 ひめも、分かってはいるはずだ。

 しかしそれでも、なんだか寂しそうに見える。


 だから、その頭をゆっくりと撫でてあげた。


「あの、陽平くん?」


「よしよし。こっちの猫は、寂しがり屋さんだなぁ」


 どうにか、元気づけてあげたい。

 冗談を言うのは得意じゃないけど、ひめのためにがんばった。


「……にゃぁ」


 ひめも、俺の気持ちが伝わったのか……冗談に合わせてくれて、猫みたいに鳴いた。

 あ、やっぱりダメだ。猫化したひめはかわいすぎるので、あまり猫扱いはしないでおこう。俺の理性がおかしくなるから。


「俺たちも帰ろっか」


 そう言って、手を差し出す。

 しゃがみこんでいるひめが立ち上がりやすいように、と配慮してのことだったのだが。


「……はいです。にゃー」


 手を取って、ひめは立ち上がった。

 しかし手を離すことなく、彼女は歩き始めた。


(えっと……まぁ、いいか)


 手を繋いだままなのは、照れくさくもあるのだが。

 寂しがり屋なこの子のために、今は何も考えずに……手を握りしめるのだった――

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