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誰にも懐かない飛び級天才幼女が、俺にだけ甘えてくる理由  作者: 八神鏡@幼女書籍化&『霜月さんはモブが好き』5巻


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第百六十七話 『天才』

 夏休みの図書館は、思ったよりも居心地がいい。

 冷房が効いている上に、独特のひんやりとした空間がすごく落ち着いた。


 静寂、というわけでもない。利用者こそ少ないのだが、少し離れた場所で子連れの親子が絵本を読み聞かせているのも見える。雑音も結構あるのだが、意外と集中はしやすい環境だと思う。


「ひめって、もしかして読むのが速い?」


 気になったことを聞いてみた。

 彼女のページをめくる手が明らかに速い。俺の数倍ほどのスピードだったのである。


「すごい速さで読んでたから、ついつい見ちゃってた」


「そういうことですか……いきなり見つめられたので、少しドキドキしちゃいました」


 本に集中しているように見えたのだが、視界の隅で俺を見ていたのかもしれない。

 だから視線に気づかれていたのだろう。


「スピードは速いと思います。文字を読むのは得意なので」


 さすが、現代では珍しい活字派である。どこか誇らしげだ。

 褒められたのかちょっと嬉しそうなのがまたかわいらしい。


「それってもしかして、速読ってやつ?」


「……どうでしょうか。別に意識してそういう読み方をしているのではないのですが、それに近い読み方はしているかもしれませんね」


 うわさには聞いたことがあるのだが、実践している人を見るのは初めてだ。

 たくさんの文字を読むうちに自然とそういう技術が身についたのだろう。


「文字を読む、というよりは文章を追っている感覚に近い気がします」


「へー。それでも内容が分かるってすごいね」


「慣れだと思います。おかげで、たくさんの本が読めるのでお得です」


 前に、速読の方法みたいなものをネットの記事で見かけたことがある。

 簡単なやり方としては『漢字だけを追う』とかでも速読になることを思い出した。


(……ちょっとやってみようかな)


 試しに、続きのページで実践してみる。

 漢字だけを目で追いかけると、たしかに速度は速くなるのだが……。


(あ、無理だ)


 まず、目がすぐに疲れた。酷使している感覚がして、つい目頭を押さえた。

 次に、内容をあまり把握していないことに気付いた。文章を目で追っているだけで、頭で処理しきれていない。これは無理だと思って、すぐに速読は諦めた。


 凡人には難しい技術だったのかもしれない。

 ……やっぱり、ひめはすごい。こういうふとした拍子に、能力の高さを実感する。


 そうやって、感心していたらひめが本をパタンと閉じた。

 もしかして……。


「もう読んだの?」


「はい。読み終わりました」


 時間にしてだいたいニ十分くらいだろうか。この短時間で一冊全てに目を通したらしい。

 たしかに、内容は図解が多い本ではある。それでも、俺は全体の四分の一も読めていないので、ひめは相当早い。


 まぁ、俺がひめに意識を引っ張られがちというのもあるかもしれないが、それはさておき。


「このペースなら、一時間ちょっとで全部読めそうです」


「え? これ、借りると思ってたんだけど」


「借りるには利用カードを作らないといけませんから。そのためには保護者の同行が必要ですし、今日はここで読む予定だったので」


 言われてみれば、その通りだ。

 ひめは初めて図書館を利用すると言っていた。当然、カードなんて持っていないだろう。


「それに、見たら全部覚えられるので、借りる必要もありません」


 ……本当にこの子は、すごい。

 速読といい、瞬間記憶といい、知識を学ぶことに関して右に出る者はいないかもしれない。


 やっぱり、星宮ひめは普通じゃない。

 この子は紛れもない『天才』である――。

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