第百六十五話 ぴょんぴょん
ひめとの会話は、色々な発見があって面白い。
八歳だが語彙力が堪能で、意見を分かりやすくまとめるのが上手いからかもしれない。それに加えて、彼女の視点は独特というか、常人の俺とは違う点が多いのだ。
今だってそうである。
ネットの情報を当たり前のように享受してきたので、ひめのように書籍を一次情報源として利用する姿勢は、確かにそうあるべきだよなぁと思わされた。
「とはいえ、実物の書籍よりも電子の方が探しやすい上に、入手しやすいので便利だとは思います」
そしてひめは、思考が柔らかい。
決して、自分と違う価値観を否定しない。良い側面と悪い側面があることをちゃんと理解している。
「情報の更新が早いのも魅力的なところですね。わたしも、こういう体質でなければ利用していたと思います。便利なのは間違いありません……あ、これなんて良さそうですね」
そう言いながらも、彼女は本を探していたようで。
一冊、気になる本を見つけたのか、早速手を伸ばして取ろうとしていた。
しかし彼女は120センチの少女である。目的の本は棚のやや高い位置にあったせいで、手が届かなかった。
「んっ」
ぴょん。ちょっとジャンプするが、焼け石に水。
小さな手はまったく届かない。そのことにひめは少し不満顔だ。
「……こういうことがなくなるのも、電子メディアのいいところですね」
ちょっとだけ唇を尖らせるひめ。
そういう仕草もかわいい。つい見ていたくなるが、困っているのだからそういうわけにもいかない。
「取るよ。この本でいい?」
高さとしては、俺の頭くらいだろうか。目線のやや上くらいなので、取るのは簡単だ。
「ありがとうございます。それと……あと、右の方にも二冊あるのですが」
「……えっと」
一列とはいえ、それでも結構な数があるわけで。
一つ一つ確認していたら時間がかかる気がした。なので、本を取るのではなく……逆に、取ってもらった方が早いかもしれない。
「ひめ、持ち上げるから自分で選んで」
「え? あの……わっ」
きょとんとする彼女の両脇の下に手を入れて、ひょいっと持ち上げた。
体重は相変わらず軽い。うん、たぶんこっちの方が選びやすいだろう。
「なるほどです、逆転の発想ですね……手が届かないのなら、わたしが届く位置に行けばいいというわけです」
いきなり持ち上げられて、一瞬だけ驚いたそぶりを見せたひめだが……すぐに俺の思惑を察知したようだ。
「それでは、少しだけお願いします。右に移動してください」
まず、先ほど俺に取ってもらおうとした本を手に取るひめ。
次に、目を付けていた本を取るために移動を指示されたので、言われた通りに足を動かす。ひめはされるがままで、俺に持ち上げられたまま足をぶらんと揺らしていた。
……一切、抵抗がない。
緊張したり、警戒していれば、恐らく体のどこかに変な力が入っていたと思う。そうでなくても、他人に持ち上げられると恐怖心が芽生えると思うので、体が強張ってもおかしくはない。
しかしひめは、俺に身をゆだねている。
抵抗はもちろん、警戒も恐怖もまったくないようだ。
それくらい信頼されているということだろうか。なんだか嬉しかった。
「ふむふむ……あ、止まってください。ちょっと戻ってもらえますか? あの本もいいかもしれません」
あと、ひめが結構楽しんでいるような気もした。
恥ずかしがるかなとも思ったのだが、そんなことはなかった。俺を意のままに動かしている。
甘えている、というよりは甘やかされることに慣れているように見えた。
家では聖さんと芽衣さんが、外では俺が変に過保護でいるせいかもしれない。他人に迷惑をかけまいとする一方で、心を許した相手には割と態度が緩い。
そういうところも、ひめのかわいいところだと思った――。




