第百三十九話 ぐごー
いつの間にか、チョコレートも三分の一ほどなくなっていた。
休憩時間わずか十五分の出来事である……聖さん、眠ってなかったらどれくらい食べていたのだろうか。
「……ぐごー」
乙女が出してはいけない寝息が立っている。熟睡だった。
少し勉強して、大好きなチョコをたくさん食べて、眠たくなったら寝る。
ある意味では幸せな一日に見える。しかしながら、このテスト勉強はむしろ幸せであってはならないわけで。
「うぅ……」
ひめが困ったように唸っていた。
すぐに起こしにいく素振りは見えない。今起こしたところでどうせすぐにサボるので、まずは対策を練らないといけないということだろう。
「とりあえず……チョコレートでも食べて休憩しよう」
まぁ、焦っても仕方ない。
シリアスに考えこんでも、当の本人がコミカルなので真剣に向き合うのも変な気がした。気楽に行こうよと声をかけてみる。
「そうですね。はい。その通りです……そうしましょうか」
頷いて、ひめは聖さんの手元からチョコレートの袋を取り上げた。これ以上は禁止ということだろう。その袋を持って俺のところにやってきた彼女は、そのままひざの上に座ってきた。
「陽平くん。お姉ちゃんのことを考えていると頭が痛くなってきました」
「……お疲れ様」
少しでも労わってあげたくて、ひめの頭を優しく撫でてみた。
相変わらず、サラサラの髪の毛はシルクのように手触りが良い。サイズ感も小さくてすごく撫でやすい。
「んにゃ。ありがとうございます……おかげで、痛みがなくなりました」
そしてひめがかわいい。
撫でられて気持ち良いのかな。強張っていた体から力抜けたようで、一気にもたれかかってきた。体を擦り付けるようにくっついてきたので、軽く支えてあげながら頭痛の響く頭を撫でてあげる。
そうすると、ひめの声が少し柔らかくなった。
「とりあえず……わたしの見込み通り、陽平くんはやっぱり教えるのが上手でしたね。お姉ちゃんが問題を解いているところを久しぶりに見たので、すごく感動しました」
「そうかな? まぁ、教えているのは勉強じゃなくて、点数の取り方だけど」
「それでいいと思います。わたしにとっては盲点でした……あと、指導できないことなので自分の未熟さにも気づきました。他人に寄り添ってあげられる陽平くんならではだな、と」
相変わらず、この子は褒めるのがうまい。
なんだか照れてきた。自己肯定感が高い人間ではないので、こうやって認められるとこそばゆい。あと、すごく嬉しくなって、ついついひめの頭だけじゃなくて首筋まで撫でてしまった。
「んっ……♪」
そうすると、ひめが気持ちよさそうな声を上げた。
まるで喉を鳴らす子猫みたいである。
「やっぱり、陽平くんのペットはすごく幸せそうですね。わたしのこと、飼ってみませんか? にゃー」
「いやいや。飼ったらかわいすぎて溺愛しちゃうから良くないよ」
「えへへ。溺愛してくれるのは嬉しいです……って――あ」
ペットの話になった瞬間だった。
一瞬前までひざの上でリラックスモードだったひめが、急に立ち上がって俺の方を見た。
その目は、何かに気付いたかのように大きくなっている。くりくりでかわいいなぁ……というのはさておき。
「どうかしたの?」
「……分かりました。お姉ちゃんが、ちゃんと勉強する方法を」
「方法って……どんな?」
「『ドッグトレーニング』です」
どうやら、この現状を打破する解決策を彼女は思いついたみたいだ――。




