22. 思わぬ再会
次の日には手配できたと訪ねてきたマイクに情報だけもらおうとしたら、「心配」と馬車で案内してもらえることになった。
レイラは歩き回るつもりだったので、ありがたく助けてもらうことにした。
レイラ1人だったら一日歩き回るのも苦にならないけれど、どうしても一緒に行くと譲らなかったユリアを、そんな強行軍に付き合わせるわけにもいかなかったからだ。
いつもは荷物で満載のマイクの小さな荷馬車は、今日は小型ながら普通の人が乗れる物に変わっていた。
お陰で快適である。
とはいえ、お忍びなわけで、馬車は裏口からひっそりと王城を後にした。
カーテンをうっすらと開けて外を眺める。
そうして、薬屋を回ること3軒目。
レイラは、ついに探していた目印を見つけた。
「マリオさん、少し先で停めて下さい」
店の扉の上に下げられた小さなリース。
何処にでもありそうなソレこそが、目印だったのだ。
リースに使われている植物の種類と飾り方。そのすべてに意味がある。
けれど、それを一族以外に教えるわけにもいかないし、仮に教えようと思ってもかなり複雑なため、そうそう覚えられるものでもなかった。
だからこそ、レイラ自身が出てくるしかなかったのだ。
そして、ここから先のやり取りを、ユリアはともかくマイクに見せるわけにはいかなかった。
「ごめんなさい。マイクさんはここで待っていてもらっていいですか?」
邪魔にならなさそうな道の脇に止めてもらうと、レイラは申し訳なさそうに頭を下げる。
「・・・・・ここに長い時間馬車を止めることはできないんで、宿に戻っています。ここからそれほど距離もないし、用事が終わったら迎えに来るので使いを出してください」
それだけ言うと、マイクは二人をその場に残して去っていった。
「行こう、ユリア」
遠ざかる馬車を見送ってから、レイラはユリアと共に先ほど見つけた薬屋に向かう。
それは、城下で二番目に大きい商店街にある小さな薬屋だった。
軒先に薬草の束が干してあり、その中に埋もれるようにひっそりと小さなリースが下がっている。
もう一度それをじっくりと確認した後、レイラは、こくりと小さく頷くと半歩後ろに控えるユリアを振り返った。
「少しだけ、ここで待っててくれる?」
静かなのに嫌とは言えない迫力を秘めた言葉に、ユリアは、ただ黙って頷く。
「ごめんください」
少し薄暗い店内は、薬草の香りで満たされていた。
「・・・・・・はいよ。ちょっと待ってくださいね」
奥から少ししわがれた声が返ってきて、何かを引きずるような音ともに、ローブのフードを深くかぶった人物が出てくる。
しわの深く刻まれた口元から下しか見えないため、男性か女性かはっきりしないけれど、どうやらかなりの年寄であることは間違いない。
「はいはい、お待たせ。何の御用かね?」
ゆったりとした喋り方は先ほどの掠れた声と同じで、この人物が店の主人で間違いないだろう。
近づく距離と共に強くなる薬草の香りに、レイラはただ黙ってその場に膝をついた。
そうして、胸の前で指を複雑に絡めて、いくつかの印を結んで見せる。
最後に、手の平を上に差し上げ、頭を垂れた。
唐突なレイラの行動に、ローブの人物は何も言うことなくジッと立ち尽くしていた。
「森の魔女の小鳥の娘が、ご挨拶申し上げます」
しばしの沈黙の後、レイラが口を開いた。
クスリと小さな笑い声がした。
「小鳥の娘・・・・・久しいね。お前が赤ん坊のころにこの手に抱いたことがあるよ。大きくなった」
そうしてレイラの頭がふわりと撫でられる。
「歓迎するよ。小鳥の娘。もう、来ないかと思っていたけれど・・・・」
くすくすと笑いながら、ローブの人物が差し伸べられたレイラの手を引いて立ち上がらせる。
その力が思いもよらず強くて、顔をあげたレイラはさらにキョトンとした。
かすかに覗いていた口元は確かにまだ深いしわを刻んでいるのに、ズレたローブから覗く目元は、ひどく若々しかったのだ。
驚くレイラの顔に、その人は、いたずらが成功した子供みたいな顔をして笑った。
その声も、先ほどとは違い滑らかに響く。
「突然だったから、下半分しか用意できなかった。普段ならこれで充分だしね」
笑いながら、顎のあたりからべりべりと皮をはいでいく様子はちょっとしたホラーだ。
「サントスだ。一応、君の兄弟子に当たる・・・・かな。君が2つくらいまで一緒に暮らしてたんだよ、レイラ」
フードを外したとたんに零れ落ちた見事な赤毛に、レイラの記憶が刺激される。
「・・・・・・シャー兄?」
呼ばれてサントスの目が驚いたように見開かれる。
「そうだよ!レイラは小さくてちゃんと名前を呼べなくて、いつもそう呼んでた。すごいな、あんなに小さかったのに覚えているのか!」
感激したように抱きしめられて、レイラも思わず声をあげてその背に腕を回した。
「覚えてるわ。眠るとき、よく歌を歌ってくれてた。薬草を探しに行くのについて行って、疲れたと泣く私を薬草籠に放り込んで担いで帰ってくれたの」
「そう。寝ぼけたレイラが一緒に入ってた薬草を握りつぶして、もう一度集め直しに行く羽目になったっけ」
笑いながら思い出話に花が咲く。
そうして、ようやく離れると、サントスは改めてレイラを見つめた。
「本当に大きくなった。綺麗になったね」
しみじみと言われて、レイラの頬がほんのりと赤く染まる。
「そんなことより、どうしてここにいるの?修行の旅に出たと聞いたわ。東国の珍しい技術を教えてもらいに行ったって」
面倒見のいい優しいお兄ちゃんがいなくなって、レイラは長い間しょんぼりしていたのだ。
落ち込むレイラに「サントスは頑張ってるんだから、レイラも応援してあげないと」と教えてくれたの義母だったか義父だったか・・・。
「行ってたとも。そして帰ってきたら、かわいがってた末の妹弟子が嫁いだと聞いて、驚いてこの国に来たんだよ。そしたら、店をたたんで引退しようとしてる一族の者がいたから、丁度いいから後釜に座ったんだ。そのうちレイラが訪ねてくるかな……と思ってたら、こんなに時間がたってしまったよ!」
少しおどけたように笑って見せるサントスに息を飲んだ。
「行かなくてもいいんだよ」と心配する家族の元を離れたからには、頼ることはできないと意地になっていた。
そんな自分を心配してくれる人が、こんな近くにいてくれたことに驚いたのだ。
そして子供のような意地を張って、そんな人たちに心配をかけ続けてきた事実に、レイラはようやく気づく事ができた。
「シャー兄、私なんて親不孝者だったのかしら」
呆然としたように呟くレイラに、サントスは慈愛に満ちたまなざしでそっとその柔らかい髪を撫でた。
「いいんだよ。年長者が下の者を守るのは当然のことなんだから。それが家族なら、なおさらだ。まあ、少し寂しい想いはしてるだろうけどね」
ポロリと一粒、レイラの頬を流れた雫をサントスがそっと袖口で吸い取った。
「さ、意地っ張りな末の妹弟子が訪ねてきたんだ。大切な用事があるんだろう?」
そっとその背を押して、店の奥へと導きながら、サントスはいたずらっぽく笑った。
「例えば、きな臭い場所に行ってしまった恋人のこと・・・とかね?」
「兄さん!なんでそれ!!」
驚きに思わず声をあげるレイラに、サントスは楽しそうに声をあげて笑った。
「なんでって、街の噂になってるよ?愛しい異国のお姫様を迎えるために、手柄を立てようと勇敢に旅立った王子様の話」
「何それ!そんな噂が出てるの!?」
「レイラ様?大きな声が聞こえましたが、大丈夫ですか?」
さらなる追撃にレイラが悲鳴を上げると、店の外から心配そうなユリアの声がかかった。
「おや、連れがいたんだね。呼んでおいで。お茶を飲みながら話そう」
くすくすと笑いながら店の奥に引っ込んでいくサントスを恨めし気に睨むと、レイラはユリアを呼ぶために店の入り口へと足を向けた。
こうして思わぬ既知との再会を果たしたレイラは、無事、ババ様への手紙を託すことに成功したのである。
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