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21. 交渉は慎重に

毎日投稿を目標にしていたのに失敗してしまいました。

残念。

 面会の申請はあっさりと通ったようで、一息ついてインクの最終調整が終わった頃、お呼びがかかった。タイミングバッチリである。

 独特な香りが体中に染みついていたため、急いで湯浴みをして身支度を整えると、レイラは王妃の元へと向かった。


「実家の祖母に連絡を取るために、外出の許可が欲しい?それは、あなたがわざわざ出向かなければならない事なのですか?」

 そうして、王妃様の自室で向き合っているレイラは、不思議そうな王妃に困ったように微笑んだ。


「そうですね。急ぎの連絡を取るために少し複雑な手順が必要になるものですから。人に頼むことはできないのです」

「・・・・・・それは、あなたの育ちに関することでしょうか?」

 少しの沈黙の後、王妃は少しだけひそめた声で囁いた。

 レイラが僅か見目を見開き、空気がピンと張り詰める。


「そんなに警戒しないでちょうだい。別に知りえたことを悪用しようと思っているわけではないし、そもそもあの一族には手出し無用という暗黙の了解があるのよ?」

 苦笑と共に王妃が肩をすくめて見せる。


「これでも大国に名を連ねる国ですからね。王位継承権を放棄していても王の血を引く王子であることには変わりないのだから、そのお嫁さんになろうという子の背景を調べないわけにはいかなかったのよ」

 ごめんなさいね、とちっとも悪びれずに謝罪を口にする王妃に、無意識に肩に力の入っていたレイラの毒気が抜かれてしまう。


「それで調べてみたら、確かに現アントラルド侯爵の庶子であることは確認できたけれど、育ってきた経歴が曖昧で……。気になって追加で調べてみたら、森の別荘で隠すように育てられたというではないの。しかも母親はあの一族の出身で、育ての親は現頭領、なんて爆弾が出てくるんですもの。びっくりよ?

 何か含むものでもあるのかと思えば、アントラルド侯爵はあなたのお母様の実家の意味をどうも把握していなかったようだし。そんなことあるのかとさらにびっくりだったわ」

 流れるように一息に言いつのられて、その勢いにレイラは思わずのけぞってしまう。


「え・・・・っと、それは一応理由があってですね。一度私の母は、一族を抜けているんです。

 その際に不言の誓いを立てていたので、父は母を、親も知らない孤児と思っていたはずです。

 私が預けられる時も、もともと居た別荘管理の一家と入れ替わったそうなので、気づいていないかと。何しろ二代前の物好きな当時の領主が建てた、山奥の狩猟用の別荘だったようで、父は行ったことも無かったみたいですし」


 レイラの母は子供ができた後、自分の体調がどんどん悪くなっていくのを気づき、一族に縁のある薬師を頼ったそうだ。

 そうして、もし自分が命を落とした後、子供が虐げられるようならと”最後の願い”を託し、それに答えたその薬師は伝手をたどってババ様に連絡を送った。


 別の国に住んでいたババ様一家は、都合の良い別荘があることを調べ上げ、こっそりと入れ替わりを行うと、上手い具合にレイラを預けるように誘導したそうだ。

 レイラの母が死んだのは子供のせいだと存在を疎んじていた父は、あっさりと子供を目の届かない場所に送ることに頷いた。


 しどろもどろに言えば、王妃は、ほうっとため息をついた。

「それにしてもうまくいきすぎね。どうゆう風に誘導したのか興味はあるけれど、聞かない方がいいのでしょうね」

「そうですね。ただ、誰も傷つける事は無かったとだけは言っておきます」

 大切な家族の名誉の為にそれだけは、と口にしたレイラに王妃は分かってるというように頷いた。


「それで、連絡の手段があったなら、なぜ今更なの?」

「この国に来たこと自体は納得済みのことでした。それに、正直この国についてからの後も、ある意味予想範囲内だったので、連絡を取る必要性を感じなかったのです。それより………」


 最もな疑問にレイラは、自分の考えを語った。

 戦争を起こした王侯貴族はどうでもいいが、その下で犠牲になり今も苦しんでいるであろう人たちを少しでもどうにかできないかと考えたこと。

 それには、国の柵にとらわれないババ様たちに助けてもらえたら、早道なのではないかと結論付けたこと。


「戦争が起こったとして、この国が負けるとは思っていません。だけど、勝ったとしても無傷とはいかないのではないでしょうか?少しでも早く終わらせた方が傷は浅いでしょうし、危険も少なくなります」


「それで、どうして敵国の民へ支援しようという結論になったの?」


「飢饉が起こり、飢えから逃れるために戦争に参加する人たちがいるそうです。

 戦に勝てばこの飢えから逃れられるという上からの言葉を信じて、戦争に賛成しているとも。

 だから、言い方は悪いけど目先の欲を満たしてしまえば、少しは冷静になるんじゃないかな、と思ったのです。

 飢えが満たされ、明日の心配が薄れれば、自ら負け戦に突撃する人はいないでしょう?

 兵が減れば戦は早く終わるし、無理に徴兵してもモチベーションは下がるはずです。

 なにより、お腹に力が入れば、無理難題に反抗する気力も沸くかな、って」


 とつとつと語られる言葉を、王妃はじっと黙り込んで聞いていた。

 子供の理想論だ。

 もしくは夢物語。

 だけど・・・・・・・。


 一国の王妃として、考える。


 何処かの慈善家が奮起して手を差し伸べた。

 ただそれだけのことだ。

 たとえ失敗しても、この国に悪影響があるわけではない。


 成功すれば………どうだろう?


 もしかしたら飢えを満たして力を増した兵士が増えることになるかもしれないけれど、そうなる前に、おそらく戦は終わっているだろう。

 それほどに隣国はすでに疲弊しきっており、ギリギリなのだから。


「そうね。子供が親や親族に手紙を送ることを咎めることはできないわ。それは当然の権利ですもの」

 こくりと自分自身に言い聞かすように頷くと、次いで、王妃はニコリとほほ笑んだ。


「どうぞ、おばあ様に手紙を送って差し上げて。そして、あなのその優しさが実を結ぶときは、きっとどこかの誰かも手助けしたいと思うと思うの。たとえば、義理の息子に可愛いお嫁さんが来てくれそうで喜んでいるお姑さん、とかね」


 王妃という立場上、表立って支援することは難しい。下手したら敵国に塩を送った背任行為として捕らえられかねない。

 だから、………つまりはそういうことだ。


「ありがとうございます、王妃様」

 レイラは、満面の笑みでお礼を言うと、手紙を書くために足早に御前を辞した。





「ユリア、マイクさんにお願いして、王都にある薬師の家や店ををチェックしてもらって。できるだけ早くお願い。そうしたら、お忍びで出かけるわ」

 控えの間で待っていたユリアと合流するなり、レイラは早口で指示を出した。

「申し訳ないけど、ユリア自身でマイクさんに伝言してもらいたいの。できるだけかかわる人を減らしたいから」

「分かりました。急いで行ってまいります」

 小さく頷くとユリアはレイラと別れて足早に遠ざかっていった。


  一瞬足を止め、その背中を見送った後、レイラもまた足早に自室へと向かう。

 インクの色も落ち着いているころだろう。

 薬師の家に向かう前に、手紙を書きあげてしまわなければならない。


(できるだけわかりやすく。だけど、面白いと思ってもらえるような話運びを考えなくっちゃ。

 どれくらいババ様の興味をひけるかが、今回のカギだと思うのよね・・・・・)


 願いを叶えるために努力をしてはくれるだろうけれど、どれくらい真剣に取り組むかは本人のやる気次第だとレイラは思っていた。

 そして、ババ様が気分屋だということも、よく知っていたのだ。


 そもそも、”最後の願い”は万能ではない。


 所詮叶えるのは人間なのだから、死人を生き返らせてほしい、とか時間を巻き戻してほしい、なんて叶えられるわけがない。

 願う方だって、それを分かっているから実現可能な願いを口にするのだ。


(ババ様の力を総動員すれば、どうにかなるギリギリだと思うのよね・・・・・)

 それが、一地域で終わるか国を巻き込む騒動になるかは、ババ様次第。

(概要だけでもいいから具体的な計画を立てないと、鼻で笑って終了される気もするし・・・・・)

 考えながら歩くうちに、無事後宮の端にある自室までたどり着いていたようだ。


(帰巣本能すごい)

 レイラはそんなことを思いながら、まだうっすらと独特な香りを漂わせる部屋へと入ると机に向かうのだった。


お読みくださり、ありがとうございました。

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