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16/22

16. その背中を見送った後は…

 華やかな隊列の先頭に立ち、マリオンは北の国境へと旅立っていった。


 王の名代としての旗印を掲げ美しい白馬に乗って去っていくマリオンは、まさしく王子様・・・で、とってもまぶしかった。


 表立っては、いまだ王の側妃という立場であるレイラは、見送りの参列の片隅にひっそりと紛れそれを見送った。


 忘れ去られた側妃という今までの立場から言えば、それすらも破格の扱いであったが、実は、中央付近に引っ張り出されそうになるのをどうにか逃れてのその立ち位置だった。




 あの夜。


 胸を張ってプロポーズの返事というか、逆プロポーズ紛いをしたレイラは、次の日から、本当に慌ただしくて倒れるかと思うような時間を過ごした。


 先ず最初に行われたのは、王との謁見だった。

 とはいっても非公式であり、プライベートルームでの顔合わせだったが。


 表向きには、後宮の不正の犠牲者になった側妃を慰めるという建前で、その実情は、マリオンとの婚姻をいかにスムーズに行うかの話し合いだった。

 なんと、その場には王妃様までいて、驚きのあまりレイラはひっくり返るかと思った。


 なんと、後宮でろくな後ろ盾のないレイラの為に動いて下さるそうで、詳しく聞けばマリオンの後見のようなこともしているそうである。


「マリオンの母親とは婚姻前からの友達だったのよ。彼女が亡くなった後は母親のつもりでいたのに、この子ったら遠慮ばかりしてちっとも頼ってくれなくて。今回、初めて相談してくれてとっても嬉しいの」


 笑顔の王妃様は、それはそれは麗しかった。


「よければ、レイラちゃんもお母さまって呼んでくれると嬉しいわ」

 とても二十歳越えた息子に孫までいるとは思えない麗しさであったが、包み込むような抱擁力はさすが2児の母であった。


「うちは男の子ばかりだったから、女の子のお仕度とっても楽しみで。今までの分も、ドレスをたくさん作りましょうね!」

 ぐいぐいと迫ってくる王妃を、隣にいた王があきれたようにたしなめる。


「そんなに、一気に迫ったら気の毒だろう。少し落ち着け。しかし、こんなに華奢ななりで、よくもたくましく生き抜いたものだな。

 裏の森でウサギなどを狩っていたと聞いたが、それほど獲物がいるのか?」

 嗜めつつも興味津々で質問してくる王の様子に、数年前に謁見の間で見た威厳はなく、非常に親しみやすい笑顔だった。


「父上も王妃様もそれくらいにしてください。話が脱線してます」

 あきれ顔で口をはさむマリオンに「母上でしょう!シェルばかりずるいわ!」と王妃から抗議の声があがり、場は一気にカオス化した。


 そんな場をどうにか潜り抜け、めでたくマリオンとレイラの今後の計画は決められた。


 おおよそは、あの日フィリアスが語った通り。


 《将来的に王子の妃とする予定の幼いレイラを庇護するための隠匿生活であり、白い結婚であった》

 との噂を流しつつ、マリオンにはそれなりの貴族位を与えるために実績を作って貰う。

 その間に、レイラは上位貴族としての、そして未来の王子妃としての再教育が行われる事になる。


 継承権を放棄したとはいえ腐っても第五王子。それなりのしがらみも体裁もあるのだ。

 決して、面倒だと言ってはいけない。

(こっそり思うくらいは許されるかも………)

 なんて、上位貴族向けの礼儀作法をビシバシと叩き込まれつつレイラはそっとため息をついた。





(どうか、無事に戻ってきますように)


 危険などほぼ無いとみんな口にしたけれど、不穏な空気があるからこその増兵である。

 万が一があるかもしれないと思えば、レイラの胸は痛んだ。

 そっと軍列に紛れて見えなくなるマリオンの背中を見つめながら、心から祈る。


 だが、その願いが天に届くことはなかったのである。




「北の国境に、隣国が本格的に攻め込んできてるみたいだ?」


 マリオンが旅立ち、レイラの立場が少し変わっても、レイラとユリアは相変わらず後宮の端の部屋で過ごしていた。


 長い間、2人きりの静かな生活に慣れていたレイラにとって、突然に増えた侍女やメイドに傅かれる生活はストレスでしか無かった。


 もともと、森で暮らす普通の家庭で育てられた娘だ。

 基本的に、自分のことは自分でする生活だったし、この国に来てからも出来ることは自分でしていた。

 レイラには、わざわざ服の着脱や入浴に人の手を借りる意味がわからない。


 結局、3日で耐えられなくなり、元の生活に戻してもらった。

 流石に森で狩りをするのをやめて、食事は後宮の台所から提供して貰うようになったのが、最大の譲歩と言えよう。


 とりあえず衣食住の心配をしなくて良くなったおかげで、この国に来てから初めてのんびりと日々を過ごせるようになった。


 最ものんびりといっても、薬草摘みと薬作りは趣味だから!と相変わらず森へは足気く通ってはいるし、さらに言えば、《王子妃》に恥ずかしく無い教養と礼儀作法をと、勉強の時間も増やされたのだが。


 そういうわけで、そこそこ忙しく、けれど、「稼がないと!」という強迫観念がなくなった分のんびりと日々を過ごしている時に、その情報は飛び込んできたのだ。




 話してくれたのは、薬や毛皮を買い取ってもらっていた商人だった。

 使用人用の御用聞きをしている商会の一つで、コッソリと袖を引くローブを被った怪しい少女の取引相手になってくれた奇特な人物である。


 マイク=ウェイバーという男で、歳の頃は40前半。

 ひょろりとした体躯に人の良さそうな笑顔を浮かべた一見好人物。

 しかし、よく見れば糸のように細い目の奥が笑っていないのがわかる。


 月に一度、小型の幌馬車に荷物を積み込んでやってくると、使用人用入り口の側に店を広げている。

 そこで欲しいものを売買してくれるのだ。

 レイラ達の生活は、森の恵みと同じほどに、彼に支えられていたと言っても過言では無い。


 レイラの作る薬は、効き目が良いとよく売れるらしい。

 最初のうちは、出来たものを出来ただけ買い取ってもらっていたのが、「傷薬を多めに」とか「胃の薬が欲しい」など、毎回依頼が入るようになった。


 数をそろえるのが大変な時もあったが、定期収入が出来るのはありがたかったので、出来る限り要望に応えるために頑張っていたら、調合の腕が上がったのはうれしい誤算だった。


 そんな感じで交流が続き、今では、薬の受け渡しのついでに雑談をする仲である。


 後宮の外に出る事の出来ないレイラにとっては、貴重な情報源だったので、毎回時間の許す限り会話するように心がけていた。


 商人のほうも、若い娘の好奇心だろうと、気安く付き合ってくれる。

 会話のお供にとレイラの持ってくるお菓子が目当てかもしれないが・・・・・・。


 いつものように薬を渡しに行けば、傷薬と痛み止めをあるだけもらえないかと乞われた。

 不思議に思い、そんなにたくさん買い手があるのかと聞けば、最初の言葉へとたどり着くのである。


「ちょっと前に兵を増員しただろう?なんでも、もともと向こうさんの動きが怪しかったかららしいんだが、その予感が大当たりだったんだろうねえ。

 国境付近の村が襲われてかなりの数の被害が出たみたいだよ。

 たまたま巡回の兵士がいて大事にはならなかったみたいだけど、そんな事がもう2~3度起きてるって、もっぱらの噂だ。で、そっちの方面に医薬品を持っていったら需要があるんじゃないかと思ってね」


 クッキーをかじりながら話すマイクの横で、徐々にレイラの眉が寄っていく。

「兵士の中にもけが人は出たの?」

 不安そうな顔に、マイクは首をかしげた。

 そうして、目の前の少女がこの城の住人であることを思い出す。


「なんだい?今回増兵された中にいい人でもいたのかい?」

「ええ・・・・っと、まあ・・・・」

 少し困ったような顔であいまいに頷くレイラの様子に(片思いか?)と納得して、内心にんまりとした。


 貴重な薬の取引相手である少女の、淡い想いがかわいらしく感じた。

(俺にもこんな純情な時期があったもんだ)

 今では人生の荒波にもまれてすっかり擦れてしまったけれど、人の恋路は応援したくなるものなのだ。


「まあ、詳しくは聞かないけど、気になるならそこら辺のこともそれとなく聞いてきてやるよ」

 行商のついでに人のうわさ話を集めるのは大得意である。商売には新鮮な情報が命なのだから。


「ありがとう。とりあえず、お薬取ってくるわね」

 真剣な顔で頷いて踵を返したレイラの背中を見送りながら、「若いっていいやねえ」と、マイクはのんきにつぶやいた。




 ありったけの薬を手渡して「何か詳しいことが分かったら教えてね」と頼み込んだ後、レイラは、誰かほかに詳しい話を知らないかと急いで部屋へと戻った。


 とはいっても、ほとんど引きこもっていたレイラに聞ける相手などいないため、結局探すのは頼りになる侍女のユリアなのだが。


(見回りの兵士って言ってたし、仮にもマリオンは王子なんだから、きっと普通の巡回に混ざってはいないはず)


 自分に言い聞かせながらも、沸き起こってくる嫌な予感に徐々に足は速くなる。

 最後にはほとんど駆け込むようにして部屋に飛び込んできたレイラに、ちょうどお茶を準備をしようとしていたユリアは目を丸くした。


「どうしたんですか?レイラ様。そんなに慌てて・・・・」

 はしたないと小言を言おうとしたユリアは、主人の顔色が悪い事に気づき、急いて側に駆け寄る。

「何があったんですか?顔色が悪いです」

 息を切らすレイラを優しくソファーへと誘導すると、とりあえず水を手渡す。


「さっき、マイクさんに、北の砦のほうで戦闘があったって聞いたの。怪我人もたくさん出たって・・・・だから、傷薬や痛み止めをあるだけ欲しいって言われたんだけど・・・・」

 手渡された水を一息に飲んだ後、レイラはすがるようにユリアに訴えた。


「それは・・・・・」

 突然のことに、ユリアも一瞬言葉を失う。

 けれど、出来る侍女はすぐに自分を取り戻し、不安そうに自分を見上げるレイラを勇気づけるように微笑んだ。


「落ち着いて下さい。北の砦から流れてきた話をマイクさんが聞いたのなら、事が起こってから3日は経っているはずですし、マリオン様に何かあったとすれば早馬でそれよりも速く一報が届いているはずです。そして、マリオン様に何かあったとしたら、レイラ様にお話が来ないはずはないでしょう」


 ゆっくりと目を見て話すユリアに、レイラの不安も少しづつ落ち着いてきた。

「・・・・・・そう・・・よ・・ね。何かあったのならお城から、教えてもらえる・・・・よね」


 自分に言い聞かすように繰り返すレイラの顔色が戻ってきたことを確認して、ユリアはそばを離れると手早くお茶を入れた。


「とはいえ、詳しいことが分からないとレイラ様も不安でしょうから、ちょっと、お話が聞けないか行ってきますね」

 暖かい紅茶とお菓子をレイラの前にセッティングすると、ユリアはそう言って、足早に部屋を出ていく。


 余りにも素早い行動に声をかける間もなく、レイラは、あっけにとられて閉まった扉をしばらく見つめていた。

 そうして、残されたティーセットへと手を伸ばす。

 一口、口に含めばレイラ好みの濃さで入れられたそれは鎮静効果のあるハーブティーで・・・・・。


「うちのユリアが有能すぎるわ」

 穏やかな香りを楽しみながら、レイラはぽつりと誰ともなくつぶやいた。


お読みくださり、ありがとうございました。

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