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15. 縮まる2人の距離

急展開その2

「マリオン・・・なんで・・」

 夜にマリオンと会う事は無かったから、レイラは、一瞬それが月の見せた幻なのではないかと疑った。


 だけど、ゆったりとした足取りで近づいてくるその姿は、どう見ても幻ではなくて、座り込んだレイラが立ち上がれるようにと差し伸べられた手は、触れれば温かかった。


「どうして、こんな時間にここにいるの・・・?」

 だから、もう一度、同じような言葉を重ねた。

 いるはずの無い人が、ここにいるのが、とても不思議だったから。


「・・・眠れなくて・・・」

 つないだ手に力を込めて引き寄せれば、華奢なレイラは、ふわりと簡単にマリオンへと引き寄せられてしまう。


「気が付いたら、ここに来てて・・・・」

 マリオンは、そのまま柔らかく抱きしめる。触れるか触れないかの、とてもやさしい抱擁。きっと、レイラがほんの少しでも身じろぎしたらほどけてしまうほどの・・・・・。


「レイラを見つけた」

 とても幸せそうな。大切なものをかみしめているかのような優しい声に、レイラの頬が赤く染まる。

 胸の奥から込みあげてくる何かをどう言葉にしていいか分からなくて、レイラは、目を伏せてほうっと吐息を一つこぼした。


 それは、隠しきれない熱がこもっていた。

 ささやかなはずのそれに、マリオンは、たちまち囚われてしまう。

 優しく背中を囲っていた腕が動いた。

 片方は、薄紅に染まるレイラの頬に。もう片方はその背を滑り腰へと・・・。


 優しいのになぜか抗えない力で、俯きがちになった顔をそっとあげられる。

 見つめあう瞳の中に、今まで見たことの無い炎が揺らめいているように見えて、レイラは息を飲んだ。

 そして、その炎に押されるように、そっと瞼を落ろす。


 長い睫毛が頬に影を落とした。

 それを見た後、マリオンは、ゆっくりと何かに引き寄せられるように首を傾ける。


 ふわり、と唇に柔らかな熱を感じた。


 すぐに離れてしまった温もりを追いかけるように、レイラの瞼があがる。

 そして、かすみそうなほどすぐ近くに綺麗な碧色を見つけた。

 吸い込まれてしまいそうな、深い深い青………。


 次の瞬間。


 マリオンの腕に力がこもり、痛いくらいに強く抱きしめられたレイラの背が僅かに反った。

 同時に、唇へと再び熱が押し付けられる。


(ああ・・・あつい・・・・)

 抱きしめられた体も。触れる唇も・・・。

 触れた場所全てから、まるで炎のような熱が移り、レイラを飲み込んでいくようだった。


 幾度も繰り返される触れるだけの口づけが、いつの間にか食むような動きに変わるころには、レイラは熱に翻弄されすぎて、自分で立っている事すら怪しくなっていた。


 すがるように、マリオンの胸元を握りしめれば、クスリと笑う気配が伝わってきた。

「・・・かわいい・・」

 唇の熱が伝わってくるほどの距離で、そっと囁かれる。


 その吐息の熱さに、レイラは、さらに自分の体温が上がったかのような気がした。

 くらくらとめまいがして、目を開けることも叶わない。


 自分の腕の中で、赤く頬を染めて目を閉じているレイラに、マリオンは、たまらず再び口づけを落とす。


 初めで触れたレイラの唇はとても甘くて、いつまでも触れていたいと思う。

 いつもよりも赤みを増した唇は、マリオンの熱が移ったかのように燃えるように熱く、思わず確かめるようにぺろりと舐めた。


 そうすれば、まるで熱を逃がすかのように、ハクリとレイラの唇が開く。

 その隙間からかすかに覗く白い真珠貝のような歯と小さな舌に、誘われるようにマリオンは口づけを深めた。

 驚いたようにびくりと震えたレイラを、逃がさないようにさらに深く抱きこむ。


 そうして満足したマリオンがようやくその腕を緩めた頃には、かわいそうなレイラは、すっかり熱に翻弄されて半ばその意識を失っていたのだった。






「ごめん・・・うれしくて・・・・・やりすぎた・・・・・」


 ふわふわと熱に浮かされたようになっていた意識が戻ってきた時、レイラは、いつも休憩していた大樹の根元に座ったマリオンの膝の上にいた。


 横抱きにされ顔を覗き込んでいるマリオンの顔をぼんやりと見つめ返したレイラは、その言葉を聞いたとたんに自分の怒った先ほどまでのあれやこれやを思い出し、小さく悲鳴を上げた。


 沸き起こる羞恥に動くことも出来ず、真っ赤な顔で固まるレイラに、マリオンが困ったように笑う。

 つい、雰囲気に充てられて暴走した自覚があるだけに、少々気まずい。


 だがしかし。

 腕の中で小さく震えながら甘い声をあげる想い人の姿に、健全な青少年が、煽られないわけがない。

 しょうがない出来事だったのだ。


 とはいえ、意識混濁に追い込んだのは、どう考えてもやりすぎだった。

 狭い世界しか知らなかった、ある意味純粋培養のレイラには、口づけだけとはいえ刺激が強すぎた。


(次は、もう少しゆっくり進めよう…)

 反省はしていても、まったく後悔はしていないマリオンは、殊勝な顔でそんなことを考えていた。


 一方、真っ赤な顔で固まっていたレイラは、ようやく顔を両手で隠すとマリオンの膝の上で小さく体を丸めるとモダモダと悶えていた。


 顔は隠されて見えなくなったけれど、髪の隙間から覗く耳は真っ赤で、レイラが恥ずかしがっていることは一目瞭然だった。


 それなのに膝の上から逃げようとする様子はないのだから、マリオンは、レイラが愛おしくてしょうがない。


「レイラ・・・ごめん・・・」

 謝罪の言葉を口にしながらも、その声には喜色が滲んでいて、思わずレイラは、顔をあげてしまう。


「もう!ちっとも反省してない!」

 怒りながら、ぽかぽかと抱きこまれた胸元を殴りつけるものの、赤い顔に涙目では、これっぽっちも迫力はない。むしろ、可愛いだけである。


「もう!!私怒ってるのよ?なんで笑ってるのよ!」

 思わずにやけるマリオンに、赤い顔で怒るレイラ。

 どこからどう見てもバカップルなやり取りは、その後しばらく続くのであった。




「部屋に帰ってから、急すぎたと反省したんだ」

 ようやく頬の熱さが治まり落ち着いてきたレイラに、マリオンも笑みを消して、そう言った。


「俺は、レイラの正体を先に知っていたから、心を決める時間もあった。だけど、レイラはあの瞬間まで、俺が何者かを知らなかったんだろう?」

 少し苦い表情でそう言って、マリオンは俯く。


「戸惑うのは、当然だ。だけど、レイラの口から俺を拒絶する言葉を聞きたくなくて、半ば強引に押し通した」

 膝の上から強引に逃げて隣へと座っていたレイラの手を握りしめているマリオンの指に力が入った。


「好きだと言ってもらえたけど……、もしかして、嫌だったのかと………。ただ流されて断れなかっただけじゃないかと……。1人になったら不安になって………だから「愛してる」と声が聞こえてタガが外れた」

 俯くマリオンの横顔が言葉を重ねるごとにションボリとしてきて、レイラはなんだか可笑しくなってしまった。 


 あんなにキラキラの王子様の姿で、自信満々に愛を囁いていたのに、1人になった途端に不安になるなんて。


(もしかして、あの時はマリオンも夢中だったのかな?)


 心を決める時間はあったと言ったけれど、やっぱりどこか信じたくない気持ちもあって、驚いて焦っていたのだろう。


(だって、私、立場的にはお義母様、だし)

 そう考えれば考えるほどに、なんだかどんどん可笑しくなってきて、レイラは気づけばクスクスと笑っていた。


「私、最近、突然たくさんの情報が押し寄せてきて目が回りそうだったの。

 だってこの国に来てから、ほとんどの時間をユリアと二人ひっそりと暮してきたんですもの。

 それが、なんでか今になって不遇な扱いをされている側妃がいるって人が押しかけてきて。

 環境の改善を図ってもらえるのは、とてもありがたかったけど、その分騒がしくなって・・・・。

 それがやっとひと段落したと思ったら、今日のアレでしょう?」


「・・・・それは・・・・・悪かった」

 何かを思い出すように少し遠い目をするレイラに、マリオンは何と言っていいか迷って、結局なにも思いつかずに小さく謝罪の言葉を口にした。

 ますますしょげてしまったマリオンに、レイラは、困ったように笑う。


「別に責めてるわけじゃないのに・・・。いいきっかけだったと思うのよ?だって、いつまでもこんな生活、続けられる訳ないってわかってたし」




 訳の分からないまま養父母より引き離され、お貴族様のルールを詰め込まれた。そして、ろくな説明もなく隣国へと嫁がされたと思えば、人気のない後宮の端っこへと追いやられて放置される。


 幼かったレイラが意固地になるには十分な扱いで、そっちがその気なら絶対に頼るものかとソッポを向いた。


 本当なら、幼い子供らしく泣きわめいて駄々をこねるか、同郷の姫にすり寄り情けを乞えば簡単な事だとわかっていた。

 しかし、少女の潔癖さと突如現れて勝手な理屈を押し付けた父親への反発から、どうしてもその道を選べなかったのだ。


 そうして無我夢中で生きてきて、気が付けば、後に引けなくなっていた。


 このまま、後宮の片隅でひっそりと朽ちていく未来を思えば、まだ成人したばかりの身では恐ろしく心細かった。

 何より、ただ一人ついてきてくれたユリアを、そんな運命に巻き込んでしまったことが、とても怖かった。


 そんな中、突如動き出した時間は、恐ろしかったけれど、ありがたくもあったのだ。


 明日の食事を心配しなくてもいい。

 丈の短くなったドレスをどうにかごまかして着る苦労も、遠くから聞こえる華やかなパーティーの音楽に惨めな思いをすることも無い。


 隠そうと頑張ってくれていたけれど、たった一人の味方でいてくれるユリアが、他の侍女たちに必要以上に侮られることも無くなるだろう。


 やっと人並みの生活になる。

「レイラ様が森で獣を狩る生活から抜け出せる」と喜ぶユリアに、何と言っていいのか困った記憶も新しい。


「結構楽しかったと思うのに」と唇を尖らせれば、「それとこれとは別です」ときっぱりと言われてしまった。




「やっと人並み・・・・・王様の側妃が人並みの範囲に入るのかは微妙だけど、まあ、そういうつもりだったの。

 なのに次は『王子様の妃』っていわれて、びっくりというかパニックになっちゃったんだよね。

 だって、私の中でマリオンはただの騎士だったんだもん。

 形だけとはいえ王様の奥さんだった自分が、他の人のお嫁さんになるっていうのにもびっくりだったし。・・・・この恋は、ひっそりと墓場まで持っていく気だったし・・・・ね」


「・・・・・レイラ」

 顔は、まっすぐに前を向けたまま淡く微笑みレイラに、マリオンは言葉を見つけられず、今日何度目かの愛しい人の名前を呼んだ。


「でもね。もういいの。気づけたし、わかったから、大丈夫」

 まるで自分に言い聞かすようにそう言うと、レイラは前を向いていた顔をマリオンに向け、にっこりと花が咲くように笑った。




「私を、マリオンの、お嫁さんにしてください!」










お読みくださり、ありがとうございました。


マリオン………。

手を出したことをユリアにバレて、怒られたらいいと思います。

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