12.出てきた蛇の対処法
「………レイラが、父上の側室……」
告げられた言葉に、マリオンは目を見開き固まった。
正面の椅子に座ったフィリアスも途方にくれたような顔で、それでも殊更にゆっくりと首を縦に動かした。
「残念ながら信頼できる筋の情報だ」
「嘘だろ?王家の側室に送られるような令嬢が、なんであんな風に森になれて………」
否定しようとしたマリオンの脳裏に、ある日レイラが語ってくれた昔の思い出話が蘇る。
『ばば様が教えてくれたの』『あのままひっそりと暮らしていくんだと思ってた』
つまり、彼女は何かの理由で隠されて育てられていたのだろう。
殺されなかったのは有事の時に利用できる道があるかもしれなかったから。
そう、例えば政略結婚とか。
ある意味、貴族にはよくある話だ。
他が遠縁の娘を急遽養子にして送り込む中、自分の血を引く娘を差し出せばさぞかし国内での心情は高かった事だろう。
「あげく、その後の援助もせず、放り出したのか」
自らも、過去に送り込まれた令嬢を母に持つ身としては身につまされる話だった。
母の場合はその容姿の美しさに目をつけられ、自国の貴族たちに推挙されたそうだ。
表面上は王族に嫁ぐ栄誉を賜るのだ。
男爵家令嬢としては大出世である。
もっとも送り出す家族としては、繊細で気弱だった娘が後宮をうまく渡って行けるとはとても思えなかった。
それ故に、男爵家としてはどうにか断りたかったようだが、弱小貴族の立場の弱さから断りきれなかったと聞く。
それでも、一時期とはいえ寵愛を受け、子を身ごもったのだ。
幸せな時もあっただろうし、幼い記憶の中の母は、いつも嫋やかに微笑んでいる人であったと思う。
母の実家とは、細やかながらもいまだに繋がりはあるし、こちらの事を気にかけてくれる。
立場上、なかなか会う機会は持てなかったが、今でも祖父母としてマリオンは慕っていた。
苦境を感じた時もあったけれど、確かに自分は愛されていたし幸せだった。
だが、彼女は………。
この国に来た時はわずか12の少女だったと聞く。
頼る大人もいない異国の地はさぞかし心細かっただろう。
森の中で無邪気に笑うレイラの顔が脳裏によぎった。
あの笑顔の裏で、どれほどの涙を流してきたのだろうと思うと、マリオンの胸は引きしぼられたかのように痛んだ。
「俺は彼女の幸せを守りたい」
ポツリと呟くマリオンの肩をそっとフィリアスが叩いた。
「まぁ、森の中に入り込んだのも、外部の商人と勝手に取引してたこともかなりグレイゾーンだけど、状況が状況だったし、罰せられることは無いはずだ。
森の中では顔を隠して決して身元は明かさず、商人とのやり取りは全てメイドの名で行なっていた。 表向きは、主人を助けるためにメイドが勝手に動いた事にするみたいだ。慎重だったのが幸いしたな」
「そのメイドも罰せられないんだな?」
「主人の苦境に奔走したメイドが、褒められこそすれ罰を受けることは無いだろう。こっちも後宮の管理が出来ていなかった負い目もあることだし、せいぜい口頭で注意が行くくらいだろ」
なおも心配するマリオンにフィリアスが苦笑と共に頷いた。
「本人だけでなく、メイドの心配までするのか?」
少しからかうような口調にマリオンはムッとしたように眉をしかめた。
「異国の地で、互いに支え合って4年の月日を過ごしたなら、それはもう友や家族のようなものだろう。そのメイドが罰せられれば、きっと彼女も傷つく」
言い切ったマリオンにフィリアスが目を丸くした時、思わぬ方向から追撃が来る。
「もしも俺のせいでお前が傷つけば、俺は一生後悔するだろう。同じ事だ」
真っ直ぐに告げられた言葉に、フィリアスは思わず顔を手で覆うと俯いた。
「なんで……お前はそういう事を恥ずかしげも無く……」
言った本人ではなく、言われた方が恥ずかしい理不尽さに、どうにか文句を言ってやりたいのだが、耳の熱さから絶対顔が赤くなっているのがわかるため、顔を上げることが出来ない。
「俺はまた変なことを言ったか?」
フィリアスの様子に、自覚のないマリオンは不思議そうに首をかしげるばかりだ。
「もうヤダ。天然怖い……」
言葉を飾る事を知らない、愚直なほど真っ直ぐな青年は、こうしてたまに爆弾を落としては友人たちを身悶えさせるのが常だった。
最も、本気でそう思っているとわかる真っ直ぐな言葉は、驚くほどの威力で持って相手の心に届く。
そうして増えていく友人に、(こういうのもカリスマって言うのかね)とフィリアスは呆れと共に思うのだ。
ちなみに、とっくの昔にほだされ済みのフィリアスとアギトックであった。
「ああ、もう!俺の事はいいから、今は彼女の事だろ!サッサと対策練らないと別の誰かに攫われちゃうぞ!!」
やけ気味に叫ぶフィリアスにマリオンが重々しく頷いた。
「それなんだが………」
その日、唐突に訪れた先触れに、あいも変わらず数種類の薬草の入った鍋をかき回すレイラはキョトンと首を傾げた。
邪魔になるからと背後で無造作に1つに縛った髪がフワリとその動きに合わせて揺れる。
「第5王子様がいらっしゃる?なんで?」
「………お会いになれば分かります。それより、時間がないので急いで湯浴みしてください。薬草の香りが全身に染み付いてます」
少し遠い目をしたユリアに追い立てられるように湯浴みをし、用意されていた手持ちの中では1番上等なドレスを身にまとう。
待ち構えていたユリアに髪を梳かれ、複雑に編み込まれた後、髪飾りは持ってないので折良く庭に咲いていた生花を飾れば、即席ながら令嬢っぽい姿になった。
「時間がない」と鬼気迫る様子のユリアに、詳細の説明を求める隙はなく、ようやく満足気に頷いたユリアに応接間へと誘導された時には、すでに来訪を告げるノックが響きわたった。
「どうぞお入りください」
誘導されたソファーの横でそのまま立って待つように目線で促した後、侍女仕様のユリアが静々と扉をあけて対応しているのを、レイラは狐につままれたような面持ちでぼんやりと見つめていた。
(そういえば、先日後宮の不正と対応改善について官司様が来られたから、それについてのお話、かしら?)
分からないなりに予測を立てるも、それでどうして王子様が出てくるのか分からない。
(それにしても、第5王子って……。いったい何人お子様がいらっしゃるのかしら?確か姫君を合わせたら結構な人数だったような……。やばい、忘れた。ユリアにバレたら怒られる………というか、謁見のマナーってどうするんだったっけ?)
ツラツラと考えていると、ユリアに誘導されて入ってくる人影が視界の端に映り、慌てて膝を軽くおり頭を下げた。
「突然の来訪、申し訳ない。どうか顔をあげてください」
そうして耳に飛び込んできた声は、緊張で少し硬かったけれど良く聞き覚えのあるものだった。
レイラは驚きに跳ねた鼓動を抑えるように、ことさらゆっくりと体勢を整えた。
まず目に映ったのは深い紺の地に銀の飾りモールと真鍮のボタンのついた上質そうな上着。
そこからゆっくりと顔を上げれば、じっと真剣な顔でレイラを見下ろす、濃い青の瞳が飛び込んできた。
「マリオン………さま……」
(え?なんで?いらっしゃるのは第5王子様でしょ?!あ!護衛……とか……)
予想外な人物の姿に半ばパニックになりながらも、言葉にできずに絶句してただじっと見つめるレイラに、目の前のマリオンが深い深いため息をついた。
「やはり貴女だったのですね」
その一言には深い困惑と諦めがあった。
しかし、次の瞬間、その全てを振り切るように、マリオンはフワリと笑みを浮かべた。
森の中の逢瀬で幾度となく見た、全てを包み込むような穏やかな微笑み。
その笑顔に知らずに入っていた体の緊張がフゥッと抜けるのを感じ、レイラはゆっくりと息を吐いた。
いつのまにか、驚きのあまり息まで詰めていたらしい。
しかし、溶けたはずの緊張は、次のマリオンの行動に再び蘇ることとなる。
マリオンは唐突にレイラの前に片膝をつくと、そっとレイラの手をすくい上げ、唇を押し当ててきたのだ。
そうして、あまりのことに固まるレイラをそのままの体勢からそっと見上げてきた。
そして……。
「レイラ、どうか私の伴侶として、今後の長い時を共に過ごしてはいただけませんか?」
その場の時が、止まった。
お読みくださり、ありがとうございました。
さて、急展開です。レイラ的に(笑
いやぁ、レイラの正体を教えてもらった時のマリオンもビックリしたとは思いますけどね。
恋を自覚してるマリオンとまだ自覚してないレイラだと、パニック具合はレイラに軍牌が上がるかな?と。
お返事は明日!




