表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/22

11. 薮から出てきた蛇はデカかった

「なんて面倒な相手に惚れちゃったんだよ、あいつ……」


 さっきまで会話に興じていた相手の遠ざかる背中に手を振っていたフィリアスは、その華奢な後ろ姿が角を曲がり見えなくなった瞬間、スッと笑顔を消して肩を落とした。

 そのまま、建物の壁に背を預け、ズルズルと行儀悪く座り込む。


「あ〜〜〜、どうすっかなぁ〜〜〜」

 ボヤキは誰に聞かれることもなく、虚しく地面に吸い込まれていった。





「境の森の魔女」の時と違い、マリオンの「初恋の君」の情報はアッサリと見つかると思っていたのだ。

 何しろ初期情報が違う。


「まだ若い女性で後宮に住んでいるから、おそらくメイドだと思う」

「俺の2歳下だと言っていた」

「薬草に詳しく、自分で薬も調合する。この間、お前に使ったのも彼女から譲ってもらったものだ」


 そのほかにも髪や瞳の色。容姿が整って美しい為、黙っていればまるで妖精のようで近づきがたいほどだが、笑うととても可愛らしい、など。

 砂を吐きそうな惚気も山のように垂れ流されたけれど、まぁ、そこは割愛する。


 ともかく普段から沢山の女友達(・・・)に囲まれているフィリアスにとって、後宮の住人といえどそれほどの初期情報があれば、見つける事はさほど難しい事ではない筈だった。



 ところが、現状は予想外に難航した。



 複数の人に声をかけ、相手に不自然に思われないよう慎重に情報を集めるのだが、そんな容姿の侍女はいないという。


 そこで、境の森で薬を売っているくらいだから、後宮でも同じことをしているのではないかと、そちら方面から攻めることにしてみた。


「綺麗な手だね。何か特別なクリームでも使ってるの?」

「最近、肌がより美しくなってきたね」

 褒め言葉と甘い笑顔で擽れば、ついにそれらしい情報を見つけることができた。


 曰く。

「侍女仲間にオリジナルのクリームを分けて貰ってる」


 そうしてたどり着いたのは、小国から嫁いできた側室に仕える侍女だった。


 どうも、数年前にあった近隣国との小競り合いの結果、送り込まれた側室らしいが、後宮の端にある部屋に住み、閉じこもったまま出てこない変わり者だそうで、最近では、誰もその姿を見たことがないという。

 そんな変わり者の側室が国から連れてきた唯一の侍女で、とても優秀だが気さくで優しい女性らしい。


「見つけた」と喜んだのもつかの間。

 どうもマリオンに聴いたのとは名前も容姿も印象も異なる。


 女性は「化ける」ものだと知ってはいるが、さりげなく聞き出した侍女の姿とマリオンが語る「レイラ」ではあまりにも違いすぎた。


 これで同一人物だというなら、それこそ姿形を変える魔法でも使っているのでは、と言いたくなるほどだった。

 まぁ、現実には魔法など存在しないのだから、別人と考えるのが普通だ。


 それでは、その侍女が誰かを仲介して薬を渡しているのかとも思ったが、どうにも、その姿を捉えることが出来ない。


「外部」も疑ったが、むしろ「外部」の商人と取引していて、薬と交換に様々な物を手に入れている事実を見つけてしまった。


 ふわ、不正か?!と思えば交換しているのは小麦に肉に衣類………。

 別の意味で不審なラインナップに、女友達・・・)とは別ルートで真っ当に調査してみると、件の側室に割り振られた予算が不正横領されており、彼女にはドレスどころかパン一切れすら支給されていない事が判明した。


 どうも最初の一年は辛うじて食料の類は渡されていたようだが(それもメイドが直にキッチンの方へ直談判して分けてもらっていたようだ。ありえない)、少しずつその頻度は減り、ついには顔を見せなくなった。


 それに比例するように、商人とのやりとりや「境の森の魔女」の噂が立ち出したようだ。


 つまり、パン1つ手に入れるのにも嫌味を言われる現状に見切りをつけた「誰か」が、逞しくも自分で自給自足の目処をつけてしまったという事だ。


 この辺りで、もうフィリアスは嫌な予感がたっぷりだったのだ。


 なんで、友人の「初恋の君」を見つける前に、後宮の不正を暴かなきゃいけないのか………。

 更にその不正を見つける際に、おまけのように知ってしまった側室の名前にフィリアスは心が折れそうになる。


 しかし、伝え聞いた例の側室が後宮に入った時の容姿と「初恋の君」との差異にかすかな希望を持ち、不正捜査を担った女性官司にどうにかつなぎを取り「今の」様子を教えてもらったのだ。


 金の波打つ豊かな髪に菫色の瞳。真っ白な肌は滑らかで、質素な衣類に身を包んだ姿はまるで物語の聖女のような美しさだったそうだ。


 そして、不正の調査のため連日徹夜をしていて顔色の悪かった自分を気遣い、「胃腸が弱って疲労も溜まっているようよ」と薬草を自ら手渡してくださり、荒れた肌にもいいからと素晴らしい化粧水まで譲ってくれたそう。


 感動したように目を潤ませ語る官司の様子は、完全に信者のそれだった。


 マリオンの供述通りの容姿に、患者に合わせて処方された薬草の知識。

 側室の名前は「レイラ=アントラルド」

 年齢16歳。


「み〜つけた!って喜ぶには地雷すぎだろ。白い結婚みたいだけど、父親の奥さんじゃん!義理の母親じゃん!!」


 見つけてしまった事実はあまりにも重く、友人にどう伝えたものかと二の足を踏むものだった。

 これならば、マリオンの立ち位置から考えたら、側室付きの侍女の方がまだ色々マシである。


「しかも、今回の件で下手したら国王様の気をひくんじゃないか?マリオンの言葉通りなら、すごい美人に成長したみたいだし……。まぁ、嫌がる女性に手を出すような方ではないけど………」


 現国王は、名君と呼ばれる人だが、「英雄色を好む」を地でいく人物でもある。

 最も、「女は惚れさせてこそ」と公言している人でもあるため、後宮に入ったから即手つきというわけでもなく、政治的意味合いで置いている女性も一定数いるし、「下賜」される女性も多い。


 基本、女性の意思を優先させようとする、よく言えば大らかな人物であり、だからこその隙を突かれての不正ではあったのだが。


 かの方の言い分としては「なにも言わないなら現状満足してるんだろう」である。

 つまり、どうにかして直談判していれば、レイラの苦境は速やかに解消されていたものだったのだ。


 だが、後ろ盾の薄い当時12歳の少女にそんな事情を知る術はなく、唯一のお付きの侍女も他国の事情など分かるわけもない。


 後宮の真面な人々は、突如増えた住人の対応に追われて、ひっそりと隅に追いやられた少女にまで目が届かなかった。


 頼るべき実家は、とりあえずそこに「送り出した」事実があれば良かっただけで、少女の行く末になど興味もなかった。


 結果、ある意味不幸なれしていた少女は、耐えてしまう事を選択する。

 そうして、過ぎ行く日々の中で訴えるべき伝手を手に入れた頃には、現状の不満は解消されて満足しており、訴えるべき事柄は無くなってしまっていたのだ。


 様々な要因が重なりの「今」だった。



「逆境を乗り越えて頑張った少女に、ご褒美的な何か、ないかなぁ〜。願いを1つ叶える、とかだと都合いいんだけど……」

 適当な事をブツブツ呟きながら、フィリアスは結果を伝えるべく重い足取りで歩き出した。


 まさか現実逃避気味につぶやいていた言葉がそう遠くない未来に現実になるなんて思いもせずに。






読んでくださり、ありがとうございました。


ファリアス君は、やればできる子です。

立場的にはマリオンと同僚で近衛騎士ですが、5割の力でのんびりが基本スタイル。

要領いいのでそれでも敵を作らない美味しい人です。

女の子大好きだけど、基本割り切った未亡人や熟女専。

「年上のお姉さまの方がいろいろ尽くしてくれて最高〜〜」だそうです。

ちょっとはマリオン君の純情さを見習ってほしい……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ