表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

85/113

第85話 ヴァイス、厳しく育てている

「なるほど。それでそのスライムはどうしたんだ?」

「うんとね、ぽよぽよはみんなでかうことになった!」

「飼う……?」

「あ、ちゃんとかえるときりりーのつくえにしまったよ」

「机に……?」

「ふまれちゃいそうになったから、りりーのつくえにしまったんだー」


 ソファに座ってジュースを飲みながら、何てことないようにリリィは言う。確かにスライムは柔らかいから机の中にでも入るだろうが、平たくなって収納されているスライムを想像すると中々にシュールだ。


「…………それにしても先生、下級生相手でも容赦なしか」


 どうやらエスメラルダ先生は魔法を使えない子供たちをいきなり森に連れて行ったらしい。その上魔物を持ち帰ってクラスのペットにしたと。他の先生がやれば間違いなく保護者からクレームが出そうなもんだが、それがエスメラルダ先生となると誰も何も言えなくなるのが帝都の実情。未だに帝都を代表する魔法使いなのは言うまでもないからな。


「で、スライムの餌はどうしたんだ?」


 ブルースライムの主食は草や木の実。森の中にいる分には困らないだろうが、人里で飼うとなると色々と面倒くさそうだ。


「それはね、りりーのおかしを…………あっ!」


 リリィは何かを言いかけて慌てて口を押さえた。今、お菓子って言ったか…………?


「なあリリィ、今──」

「り、りりーねむいかも! おやすみなさ~い!」


 しゅたたたーと自分の部屋に走り去るリリィ。怪しさ満点の態度に俺は確信する。


「…………あいつ、学校にお菓子持っていったな……?」


 お菓子箱を確認するとクッキーの包みがいくつか無くなっていた。確か近くのパン屋で売ってる奴で、最近リリィが気に入っていたお菓子だったはず。


「うーん…………どうしたもんか」


 リリィの部屋のドアに視線を向けながら、俺は思考を巡らせる。


 お菓子を持っていってしまったこと自体を怒るつもりはない。恐らくリリィはそれが校則違反だと知らなかったんだろう。それ自体は仕方のないことだ。あの様子から察するに先生に見つかって怒られ、それで初めて違反を知ったんだろう。


 だが…………それを正直に言わないのは頂けない。別に「校則違反」なんて気にするほどのことでもないんだ。知らなくて持って行っちゃったんだよははは、で終わりの話。隠されなければ怒るつもりもなかった。だけど誤魔化すなら話は変わってくる。


「…………リリィも俺に隠し事をする年齢になったか」


 俺も親に色々隠してきたから気持ちは分かるけどな。子供の成長っていうなら寧ろそれが普通な気もするし。だが、それが子供の普通なように、隠し事に気が付いたら怒るのが親の普通でもあると俺は思うんだよ。


「────リリィ」


 扉をノックして、声を掛ける。


「…………」

「リリィ、学校にお菓子持って行ったのか?」


 扉の向こうから返事はない。だが、起きているのは気配で分かっていた。


「…………リリィ、今なら怒らないぞ?」


 優しく声を掛けると、部屋の中からごそごそと物音が聞こえた。小さな足音が扉の前までやってくる。


「ほんと……?」


 不安そうな小さい声が扉越しに耳朶を叩く。


「ああ。正直に教えてくれたらな」

「…………」


 リリィが息を呑むのが分かった。


「…………えっとね…………りりー、がっこーでおかしたべようとおもって……」

「ああ」

「それでね…………せんせーに「いはんだよ」っていわれて…………おこられた……」

「なるほどな。ちゃんと謝ったか?」

「うん…………ごめんなさいぱぱ…………りりー……おかしだめってわかんなかったの……」

「よく正直に話してくれたな。偉いぞ、リリィ」


 俺は扉を開ける。リリィの顔は涙でびしょびしょになっていた。校則違反と言われて、とんでもないことをしてしまったと思っていたんだろうな。


「ぐずっ……ぱぱごめんなさい……」


 リリィの前にしゃがむと、リリィは勢いよく俺の胸に飛び込んできた。ホッとしたのか、本格的に泣き始める。


「よしよし、怖かったな。ちゃんと言えて偉いぞリリィ」


 ゆっくりと頭を撫でながら、俺はリリィの教育方針について考えていた。


 ……もしかして、俺はリリィを厳しく育てようとし過ぎなんだろうか。


 泣いているリリィを見ていると、どうしようもなく後悔が押し寄せてくる。リリィを泣かせてしまったのは俺ではないのか。世の親はどうやってこの罪悪感と戦っている?

 両親に聞いてみようにも、俺は泣かない子供だったしどうせ分からないだろうな。


 子育てに正解はない。俺の子育てが果たして厳しいのか、万が一にもないだろうが甘いのか、それは分からない。俺に出来ることは結局の所、しっかりとリリィと向き合っていくことだけなのかもしれない。


 リリィが泣き止むのを待ち、俺は努めて優しく声を掛ける。


「……リリィ、スライムの餌を取りに行かないか?」

「……えさ……?」

「ああ。スライムは木の実を食べるんだ。その辺になってる木の実を集めれば、明日学校でスライムにあげられるぞ」

「! きのみとりにいく!」


 リリィがパッと笑顔になる。その様子に、何故か俺の方がホッとしてしまった。


 子育ては難しいな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

書籍化が決まったラブコメのリンクです

↓こちらをクリックすると飛ぶことができます↓

ネットの『推し』とリアルの『推し』が隣に引っ越してきた~夢のような生活が始まると思っていたけど、何か思ってたのと違う~

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ