第62話 ジークリンデ、突然の幸福
「あー…………」
突然の試練襲来に戸惑いながらも、素早く視線を動かし目の前の女性の特徴をインプットしていく。
髪は長い金髪ストレート。青色の目は大きく、顔は小さい。肌も綺麗で、見た目はかなり整っているし華がある。種族は人間。宝石があしらわれた豪奢な髪飾りや彼女が身に纏っている上等そうな青いドレスを見るに金持ちに違いない。口ぶりから察するに恐らくは同級生、あるいは同学年と推測される。
この情報から導き出される結論は────
…………
……
「ヴァイスくん?」
「────メディチ。顔を合わせるのは先月のパーティ以来か」
当然覚えているはずもない俺を見かねてかジークリンデが横から声を掛けた。メディチと呼ばれた女性はフッと瞬間的に笑みを消すと、目を細めて刃物のような冷たい視線をジークリンデに向けた。
「…………ジークリンデ長官補佐。最近は益々ご活躍のようで、同級生として鼻が高いですわ」
「日々与えられた業務をこなしているだけだ。私など大したことはない」
ジークリンデは氷のような声色と鋭い視線を真正面から受け止めると、俺に視線を向ける。
「ヴァイス、覚えていないか? メディチ・フローレンシア…………クラスでは中心人物だっただろう。お前とも仲が良かったと記憶しているが」
────メディチ・フローレンシア。
その響きに引っ張られるように学生時代の思い出が脳内を流れていく。朧げに浮かぶ教室のイメージの中で、今より少し髪が短かった彼女は確かにクラスの中心に存在していた。
これといって彼女とのエピソードは思い浮かばないが、流石に数年間同じクラスで勉学に励んだ仲間を完全に記憶から消去したりはしない。
「────久しぶりじゃねえか。相変わらず綺麗だな」
学生時代の残り香が俺の口調を砕けさせる。メディチはジークリンデから視線を外すと、華のような笑顔を俺に向けた。
「ヴァイスくんも、相変わらずかっこいいままでなんか安心しちゃった。…………十年ぶりに会った私としては、ちょっと事情を聞いてみたいんだけど」
椅子に座りながら半身になってこちらを振り返っているメディチが、すらっと伸びた脚を組み替えながらジークリンデとリリィに視線を向ける。ジークリンデにはさっきの冷たい視線を、リリィには探るような暗い視線を。
「ヴァイスくんとジークリンデさん…………結婚してたの? それに…………エルフよね、その子。ヴァイスくんは帝都にいなかったと思うんだけど、一体どういう事情?」
矢継ぎ早に繰り出されるメディチの疑問に、俺はすぐに返答することが出来ない。
…………ジークリンデが色恋沙汰に現を抜かすような女ではない事は共に学生時代を過ごしたメディチには自明な筈で、だからこそジークリンデがこの場に居る事に驚いているんだろう。
事実、ジークリンデがリリィの母親になりたがっている理由はリリィが希少なハイエルフだからに他ならず、けれどそれを伝える事は絶対に出来ないのだった。帝都ではリリィは先天的に見た目に異常があるエルフということになっている。
となれば、残された手は────
「────実はな、学生の頃からジークリンデが好きだったんだ」
「なッ────!?」
俺の言葉に、何故かメディチではなくジークリンデが驚愕の表情を浮かべた。大きく見開かれた目がピクピクと動いている。
……何を変な顔をしてる、お前も話を合わせてくれないと困るんだが。
「俺はこの前帝都に帰ってきたばかりなんだが、久しぶりにジークリンデと再会して気持ちが抑えられなくなっちまってな。何とか頼み込んで、今はこうなってる訳だ」
手でリリィとジークリンデを示すと、メディチは信じられないと言いたげに口をへの字に歪めた。何度も俺とジークリンデを見返し、呟く。
「嘘でしょ…………?」
気持ちは分かる。学生時代の俺たちを知っていれば絶対に信じられないよな。
だが信じて貰わないと困るんだ。下手に疑われて、そこからリリィの秘密がバレないとも限らない。
「本当だよな、ジークリンデ?」
「う……」
メディチにバレないように、ジークリンデに目線でプレッシャーをかける。
「話を合わせろ」とウィンクすると、ジークリンデは顔を真っ赤にしてコクコクと頷いた。
「そ、そうだ…………! ヴァイスは、わたっ……私のことが…………す、すすすす…………」
「…………す?」
メディチの懐疑的な視線がジークリンデを射抜く。ジークリンデを知るメディチからすれば、ジークリンデの口から色恋の話が出ること自体が信じられないんだろう。
「ヴァイスは…………私のことが…………す…………好きなんだ………!」




