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長いホームルーム

 


「――――ん……らさん…………中村さん!」

「っはい!?」


 私を呼ぶ声が聞こえてきて勢い良く飛び起きる。いつのまにか部屋の中は明るくて、ベッドのすぐ傍には苦笑している染谷くん。


「おはよう、中村さん」

「ぅ、うわああぁあ!?」


 慌てて枕で顔を隠すと、染谷くんは申し訳なさそうに「ずっとアラームが鳴っていたから、そろそろ起きないと遅刻するんじゃないかと思って。驚かせてごめんね」と説明してくれた。


 ベッドに置いていた携帯電話を確認すると、スヌーズ五分後と表示されている。確かに起こしてもらわなかったらまずかった。

 枕を元の場所に戻して、くしゃくしゃになっている髪の毛を整える。


「わ、私こそ……騒いでごめん」


 恥ずかしい。好きな人に寝顔を見られてしまった。それに絶対不細工な寝起きの顔まで。布団の中に潜って隠れてしまいたい。


 部屋の外から床を踏みつけるように歩いてくる音が聞こえ、びくりと身体を震わせる。

 誰が近づいてきたのか予想ができて、身構えていると壊れるんじゃないかってくらいの勢いでドアを開けられた。


「おねーちゃん! ちょっと、いつまで寝てんの! ……って起きてんの」


 妹の燈架は相変わらず乱暴だ。

 バスケ部に入っていて、朝練があるらしく起きるのが早いのでこうして起こされることが多い。


「あ、おはよう」

「おはよ。てか、なんでそんな顔真っ赤なの? 熱でもあんの?」


 燈架が眉根を寄せて、首を傾けると高い位置で一つに結った真っ黒な髪の毛が揺れる。


「え! いや、元気だけど」


 染谷くんに起こされたからだなんて言えるわけない。

 それにやっぱり燈架にも染谷くんは視えていないらしく、なにも突っ込んでこない。


「そ? ならいいけど。二度寝しないようにねー。朝ご飯はシナモンロールだよ」

「うそ! やった!」


 大好物のシナモンロールと聞いてテンションが上がる。早く起きて準備しないと。


「じゃ、行ってきまーす」

「行ってらっしゃーい」


 燈架は中学二年生で三年の先輩たちが夏で引退したので、次のキャプテンに選ばれたらしい。

 そのため最近は特に張り切っている。燈架はバスケもうまいし、人をひっぱっていくタイプだから適任だ。二つ年下なのに私よりもずっとしっかりした妹なのだ。



「元気だね。妹さん」

「いっつも私叱られてばっかりだよ。昨日の朝なんてワックスの蓋閉まっていないって叱られたし」


 親にだってどっちがお姉ちゃんなんだかわからないって言われるくらいだ。私自身もときどき逆だなと思ってしまう。小学校の頃は燈架の方が泣き虫だったのにいつの間にかしっかり者になっていた。



「仲が良くていいね」


 私のする話を楽しそうに聞いてくれている染谷くんに、「染谷くんは兄弟いないの?」と聞けなかった。どこまでが私の踏み込んでいいラインなのかわからない。


 家に戻りたくないと言っていた染谷くんに今は家族の話はしないでおいたほうがいいのかな。



 ***



 顔を洗い、制服に着替えてリビングに行くと、コーヒーのいい匂いがした。


「朱莉、早く食べちゃいなさい」

「はーい」


 お皿に乗せられたシナモンロールが置いてある席に座って、ミルクをたっぷり入れられたコーヒーをひとくち飲む。

 前までコーヒーは苦くて飲めなかったけれど、最近ではミルクが多めに入っていれば飲めるようになった。


 口の中の苦味を消し去るように砂糖衣がかかったシナモンロールを食べる。口の中に広がる甘さとシナモンの風味がたまらない。

 大好きなものを食べて幸せに浸っていると、リビングに染谷くんがひょっこりと姿を現した。


「美味しそうに食べるね」なんて笑われてしまって、照れくさくなる。急いで食べようとする私に染谷くんは「まだ時間あるし、ゆっくりで大丈夫だよ」と言ってくれた。



「天気しばらくいいみたいね」


 お母さんは私がテレビを見ていると勘違いしたのか、テレビ画面に映る週間予報の話題を振ってきた。


「雨……」


 そうだ。雨が降っていた。


「なにか言った?」


 不思議そうに首を傾げたお母さんが声をかけてくる。

 染谷くんが階段から落ちた前日は雨が降っていたから、非常階段は少し濡れていたんだ。もしも事故ならそれが原因かもしれない。


 けれど、幽体離脱して九月の記憶をなくしているのは、頭を打ったからという理由だけとは限らない。



「中村さん?」


 幽霊になってしまった染谷くんはなににも触れることができないし、食べることもできない。勢いで引き留めてしまったけれど、本当によかったのだろうか。


「なんでもない! ごちそうさま」


 食器を片付けて、廊下に置いておいたカバンを肩口にかける。

 染谷くんはどんな思いで私の家にいるんだろう。家に帰るよりも他人のそばにいる方を選ぶ彼がなにを抱えているのか、私には聞く勇気がなかった。



 ***


 一緒に家を出て学校へ向かう。気持ちいいくらい晴れていて、空気が澄んでいる。肺いっぱいに空気を吸い込み、爽やかな気分で満たされた。

 いつもよりも家を出るのが早いので、時間を気にせず歩けて心に余裕が生まれる。こうして早めに行動するのも悪くない。


「なんか幽霊になって学校に行くのって不思議な気分」


 染谷くんが私の隣を歩きながら、時折水中で泳いでいるかのように宙を揺蕩う。


「私以外にも染谷くんが視えている人っているのかな」

「今のところ中村さん以外に俺のことを認識できる人と会ってないな」

「そっか。私霊感なんてまったくないはずなのに、不思議だなぁ」


 私にしか視えていないので、独り言に思われないように口もとに手を添えて、こっそりと言葉を返すだけだけれど、好きな人が隣にいてくれるこの状況が私には擽ったい。

 喜んではいけないことなのに、染谷くんを見るだけでドキドキして落ち着かなくなる。


 教室に着き、宇野ちゃんや花音が私の元にやってくると染谷くんはそっと傍を離れていった。

 そのことが寂しいと感じながらも、私には引き止めることはできない。

 染谷くんも気を使ってくれたのかもしれないし、一人になりたいときもあるのだと思う。


「数学の課題やってきた?」

「あー、あれ最後の問題わからないんだよねー。宇野ちゃんと朱莉はわかった?」


 一限目の数学の課題プリントを三人で照らし合わせながら、わからなかったところを教えてもらう。空欄を埋め終わったところでチャイムが鳴った。豊丘先生が来て、ホームルームが始まるなか、ふと窓際に視線を向ける。


 空席は一つだけ。そして、立っている生徒が一人。

 染谷くんは窓際でぼんやりと外を眺めている。クラスメイトは誰も染谷くんの存在に気づいていないみたいだ。やっぱり私にしか視えてない。


 風が吹いてカーテンが波を打っても彼の髪は揺れない。物思いに耽っているように見えるその横顔を見つめているのは私だけ。



 ホームルームが始まり、豊丘先生が出席をとっていると教室の前の方のドアが開かれた。



「失礼します」


 入ってきたのは生徒ではなく、ダークグレーのスーツに身を包んだ五十代くらいの女の人。


「豊丘先生、あの件は生徒にはもう話しました?」


 学年主任の博田先生だ。

 髪を後ろできっちりと纏め、銀縁のメガネ。真面目で厳しいけれど、学園ドラマに影響でもされているんじゃないかという一面を見せるときがある。少し面倒くさい人だった。


「まだすると決めていませんので、話していません。今出席をとっているところなので、その話はまた後ほど」


 豊丘先生が明らかに困っている様子だったけれど、博田先生は構うことなく「それでは私から話します」と勝手に話を進めていく。

 教卓のすぐ横に立つと、注目を集めるために両手を叩いた。



「染谷くんの件は、みなさん既に知っているわね」


 なにを言い出すのかと思ったら彼の名前が出てきたので、どきりとした。嫌な予感しかない。


「まだ目が覚めないそうなの。そこで、クラスメイトのみなさんで放課後に集まって千羽鶴を折りましょう! 染谷くんもきっと喜ぶと思うわ」


 教室がざわつき、不穏な空気が漂う。

 困っている人がいたり、行事ごとになると博田先生の悪い癖がでる。こうして学園ドラマみたいな展開へと持っていくのだ。



「鶴の折り方とか知らないんだけど」


 ぽつりと誰かの一言が波紋を描き、薄暗い感情が広がっていく。


「今時そういうの作るんだ」

「部活とかバイトあるし、残るの無理なんだけど」

「てか、喜ぶの? それ」


 不満を漏らす声や苦笑が不協和音として耳に届く。

 教室の窓際の後ろの方には顔を少し伏せて床を眺めている染谷くんが立っていて、腹部が煮え立つように熱くなってくる。


 嫌だ。こんな話やめてよ。染谷くんが聞いているんだよ。どうして先生も千羽鶴なんて言い出すのだろう。



 聞こえてくる声に不満そうな博田先生は、感情的に声を上げた。



「友達でしょう! 目を覚ましてほしくないの!?」


 信じられないというように目を見開いて、教卓を叩くとその音に教室が静まり返る。


「友達が辛いときになにかしてあげることは当たり前でしょう!」

「クラスメイトイコール友達じゃないだろ」

「堀口くん、貴方なんてこと言うの! 染谷くんは友達じゃないってこと? どうだっていいの?」


 いっそのこと耳を塞いでしまいたい。状況を悪くしているのは博田先生だ。

 染谷くんの件をみんながみんな心配していないわけじゃない。だけど、こうして押し付けられることに抵抗する人は必ず出てくる。そうすると苛立ちの矛先が染谷くんにいってしまいそうで怖い。


 それに私が彼だったら、話したことがない人たちが無理矢理に作らされた千羽鶴を貰っても複雑な気持ちになる。


「染谷くんは目立たない生徒だったかもしれないけれど、ここのクラスの一員なのよ」


 黒い感情が滲み、毒々しく私の心を染め上げていく。

 激しく脈打つ心臓はなにもできない私を責め立てるようで、手を握りしめて奥歯をミシッと音が鳴りそうなくらい噛みしめる。


 やめて。もう口を開かないで。これ以上なにも言わないで。



「こんなときこそ、みんなで力を合わせましょう」

「もうやめてください!」


 勢いよく立ち上がり、喉が痛むくらいの大きな声で叫ぶ。

 心臓が五月蝿い。自己主張するように脈を打っているのが全身に嫌なくらい伝わってくる。


 呼吸も浅くて、酸素が足りない。頬も熱いので、きっと顔は赤いだろう。


 教室中の視線が集まっているのを嫌なくらい感じるけれど、今までの声が染谷くんに届いてしまっている方が苦しくてもう博田先生に話してほしくなかった。



「てかさぁ、千羽鶴作って染谷は本当に喜ぶの? 私だったらこんな風に揉めてまで作ってもらいたくないや」


 宇野ちゃんの声に我に返る。今にもなにか言いだしそうな博田先生を遮るように宇野ちゃんは言葉を続けた。


「みんなだって心配していないわけじゃないのに、一方的にそんなこと言われたってさ、不満出るでしょ。そういうのって押し付けられてやるもんじゃないから」


 宇野ちゃんの言う通りだった。こういうことは押し付けられてやるものではない。興奮気味だった頭ではそこまで回らず、私はやめてと言うのが精一杯だった。


 ……結局なにもできず叫んだだけでカッコ悪い。

 頭が少しずつ冷えていき、力を失ったように膝が折れて席に座る。



「ま、そうだな。一旦この話はやめよう。博田先生、申し訳ありませんが出席確認の続きをさせてください」


 豊丘先生が有無を言わせない笑みで不服そうな博田先生を追い出すと、再びクラスに平穏が戻ってきた。

 先ほどの刺々しく不穏なざわめきではなく、みんな近くの席の人と口々に話し出して一気に賑やかになる。


「なんか博田先生の言い方、すっごい嫌だったんだけど」

「染谷のことだって、うちらちゃんと話されてないから詳細わかんないよね」


 そんな声が聞こえてきて、豊丘先生が手を叩いて注目を集める。


「確かにみんなには倒れたとだけ話して、ちゃんと説明していなかった」


 豊丘先生は言葉を選ぶように少し考えながら、ゆっくりと話し出す。



「噂で聞いている人も多いかもしれないが、染谷は非常階段から落ちて今も意識不明なんだ」


 突き落とされただとか、自分から落ちただとか、いろいろ言っている人はいるけれど、真実は未だにわかっていないはずだ。けれど、おそらく学校側は事故だと思っている。現時点で染谷くん本人も思い出せないのだから、真実は謎に包まれたままだ。



「博田先生のやり方は強引だし、俺も正直千羽鶴は自分だったらほしいかって言われると微妙だ。でも、博田先生にも悪気はないからそこはわかってくれ」


 わかっている。博田先生に悪気がないことくらい。だからこそ、聞いていてすごく嫌だった。悪気のない善意ほど厄介なものはない。


 それに私があんなにも過剰に反応してしまったのは、きっと染谷くんが本当はここにいることを知っているからだ。

 もう一度彼に視線を向けると、ぼんやりとクラスの光景を眺めている。表情から感情は読み取れなくて、なにを考えているのかは私にはわからなかった。



「つかさ、私らができることって染谷が戻ってきたときにいつも通りに迎えることなんじゃない?」


 宇野ちゃんの言葉に豊丘先生が「そうだな」と頷く。私もそれがいいと思う。


 染谷くんを見ている限り、特別になにかをしてもらうことを望んでいないと思う。

 こうして話題の中心にされるのだって、彼には嫌なことかもしれない。彼にとっては変わらない帰る場所が必要な気がした。


 いつもより長引いたホームルームは、千羽鶴のことは一旦なしということで終わった。



 ***


 ノートを一ページ破くと正方形に切り、罫線入りの小さな鶴を作った。

 どこにも飛んでいけない綺麗な色を纏っていない鶴は私のペンケースの隣に着地させる。


 千羽鶴がいけないわけじゃない。きっと想いを込めて一生懸命作っている人だっている。だけど、私たちにはこのやり方は違う気がした。だからこそ、豊丘先生も博田先生に提案されても私たちには話さなかったのだと思う。



「朱莉、大丈夫?」


 顔を上げると花音と宇野ちゃんが心配そうに私の席の目の前に立っていた。

 きっと先ほど声を荒げてしまったから、驚かせてしまったのだろう。


「うん。もう落ち着いた。ありがとう」

「嫌な空気だったもんね。朱莉にとっては辛かったでしょ」


 宇野ちゃんが私の頭を軽く撫でてきて、私にとって辛いという意味がわからず瞬きを繰り返す。そんな私を見た花音がわざとらしくため息を吐くと、私の頬を両手で潰してきた。


「いっつも目で追ってたもんね」

「え!」

「気づいてたよ」


 花音が私の前の席に座って、両手で頬杖をつくと可愛らしく微笑んでくる。

 ただでさえ元が可愛い彼女にこんな仕草をされたら女の私だってどきりとしてしまう。それを花音は無自覚でやっているのだから、天然小悪魔は恐ろしい。



「隠したいんだなって思って私たちも気づかないフリしてたんだ」


 上手く隠しきれていたと思っていた私の恋心は花音と宇野ちゃんにはバレバレだったようだ。

 頬がぶわっと上気していくのを感じて、抵抗するように下唇をかみしめる。


「そ、そうだったんだ」


 好きな人を知られてしまうのってこんなにも照れくさいものだなんて知らなかった。教室での出来事を思い返して、あのときもバレていたのかと顔を手で覆い、熱を帯びた頬と恥ずかしさを閉じ込める。だから、染谷くんが事故に遭った翌日に〝大丈夫?〟と聞いてきたんだ。


 女の勘が鋭いのか私がわかりやすいのか、考えてみるとどちらもありえる。

 念のため先ほどまで染谷くんがいた場所を確認すると既に彼はいなくなっていたので、聞かれている心配はなくほっと胸を撫で下ろす。



「朱莉ってわかりやすいんだから気づくに決まってんじゃん」


 どうやら後者だったらしく、宇野ちゃんが白い歯を見せて悪戯っ子が悪戯に成功した時のように誇らしげに笑った。


「……あんまり抱え込まないようにね」


 花音の優しい声に上手く笑って返せなかった。

 染谷くんの幽霊の件はいくらなんでも言えない。信じろってほうが無理があるし、精神的に追い詰められてしまったんじゃないかと心配されてしまいそうだ。だから、ふたりにはこのことだけは話せなかった。


 それでも私には抱え込んでいることなんかじゃない。不謹慎だけど、好きな人とできた歪な秘密。


 私でも彼の力になれることがあるのなら、できる限りの精一杯で頑張りたいんだ。



 ***


 球技大会が近いため、午後の授業は隣のクラスと合同で体育だった。私はバスケに出る予定なので、体育館で準備運動をしてひたすらシュートの練習に励む。

 靴が床と擦れ合う音が懐かしい。


「さっすが経験者! すっごい綺麗にシュート決まるよねー」


 花音が転がった私のボールを拾ってパスしてくれる。


「でも、もうずっとやってなかったから現役に比べると劣るよ」


 シュートのフォームは身体が覚えているけれど、しばらく部活としての運動をしていなかったため、身体が思っているよりも動けていない。前はもっとシュート率が良かったはずだ。



「危ない!」


 宇野ちゃんの叫ぶ声が聞こえてきたときには、私の身体に痛みと衝撃が走る。そのまま床に誰かと一緒に倒れこん身体を床に打ち付けた。


「大丈夫!?」


 ぶつかられた左腕と、打ち付けた右のお尻が痛い。隣のクラスの子がボールを受け取ろうとして私と接触してしまったみたいだ。


 ————痛い。


 ズキズキと痛みが迫ってくるように広がっていく。倒れるとこんなに痛いんだ。


「ごめんね、中村さん! どこか痛む!?」

「たいしたことないから大丈夫だよ」


 気にさせないために笑って見せたけれど、痛みはまだ引いてくれない。そんなたいした怪我じゃないけれど、少しの間痛みを感じそうだ。


 ふと、あのときの光景が思い浮かぶ。

 階段から落ちた染谷くんは今の私よりももっと痛かったはずだ。


『染谷の腕と腹部に痣があったらしい』

 豊丘先生が言っていた染谷くんの痣は、どうやってできたものなのだろう。体育で腹部に痣なんてそうそうできないはずだ。


 絵を描いていることを知っていて、もしもわざと腕に怪我を負わせたのなら、その人のしたことは許せないことだ。けれど、結局私は部外者でしかなくて、相手を糾弾するのもしないのも決めるのは染谷くん自身。

 改めて感じるのは私にはできることがとても少ない。



「朱莉―! 大丈夫!?」


 宇野ちゃんと花音の手を借りて立ち上がる。


「うん、平気!」


 あたりを見渡しても染谷くんの姿はなかった。九月のことを覚えていない彼はきっと痣のことも忘れてしまっている。


 染谷くんが九月のことを忘れた理由に、怪我も関わっている可能性は非常に高い。けれど、ただのクラスメイトでしかない私には思い当たる人物が浮かばなかった。






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