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17 望む道と酒場の拳




灯りの無い真夜中の一室。

通信用の魔道具が置かれたテーブルに肘を付き、椅子に腰かける女が一人。彼女は特にする事無く、受けた指示通りに椅子に座りながら連絡を待っていた。



嫌な事なので早く終わらせたい。


その願いが届いたのかは分からないが、祈った途端にテーブルに置いていた通信用の魔道具が明りを放つ。


女はその事に嫌そうな顔をしつつも、魔道具を操作して応答する。

そこから発せられるのは若くなまめかしい女の声。声色は何処か陽気な感じだが魔道具越しであるのにも係わらず、ある種の威厳を感じさせる。


「ちゃんと待機していたみたいね。偉いわ」

「それで用件は?」

挨拶もせず、話を進めようとする女。不機嫌な、(にべ)もない声を放つ女に対して魔道具から聞こえる声の主は楽しそうに笑いながら話を始める。


「フフ、聞いたわよ。最近お気に入りが出来たみたいじゃない?」


「...それが何か」


「人嫌いの貴女に知り合いが出来たって聞いたからどういう人物か確かめておきたかったのに...教えてくれないの?意外と独占欲が強いのね」


クスクスと笑う声にさらに苛立ちが込み上げる。

ただでさえこの相手に過去に色々と、より具体的に言うと、幾度と無く一方的な被害を受けたのだ。その経験から顔を見合わせない魔道具越しに話すだけでも感情のコントロールが難しくなる。相手のこんな軽口でも心の怒りが増していくのだ。

早く会話を終わらせたいと思うのは女の精神衛生上、当然の事だった。



「別に大した奴じゃないわ。ただの知り合いよ」



「あら、そう?優秀な者らしいから期待していたのだけれども...ただの知り合いなら別にいいかしら」



「...何をする()もりよ?」



「フフ、彼の事を探っている者もいるみたいだし、そんな人達へ少しばかり善行でも働こうと思って」



(このやろうっ!既に自分が欲しい情報を持っているのに...からかう為だけに私に連絡を寄越してきやがった!やっぱり殺したいわ!)


感情の昂りによって暗闇の中で女の目が光る。同時に、無意識に放つ強大な圧によって部屋の内部が軋む音を立て始める。



「アハハ!顔が見えなくても殺気立ってるのが分かるわ。今貴女の眼の色は何色かしら?」


魔道具越しに笑いながら今の状況を当てられ、その悔しさからか、返答する女の口調も荒れる。それに伴い、部屋の圧も上昇し、バキリと何かが折れる音が響く。


「分かっているなら悪ノリするのを辞めなァ!アンタに従う事に決めたけど私をキレさせんじゃないわよ!」



「ぶぷぅ!ねぇ、キレてるの?もしかしなくてもキレてるの?ねぇ?今どんな気も」



べゴッ!

止まらない煽りによって女の怒りが限界に来た途端に、さらに上昇した圧によって魔道具を意図せず壊れてしまった。



「ハァっハァっ..ハァ!アぁんの!クソババアぁー!!」




天井に向かって大声で罵倒し、落ち着いた処で一言呟く。


「フー...新しいのを申請しておこう」

通信用の魔道具は一個人どころか所持していない国が存在するほど貴重な物である。直ぐに用意出来る物でもないし、大抵用事があるのは向こうだ。その為の費用は魔道具の声の主が受持ってくれるだろう。


その間は通信も出来ない。

そう考えると胸が多少晴れるのだが、被害を受けるであろう人間のことを考えると心がザワつく。



(探ってると言ってた連中の情報を聞いとけゃ良かった)

普段は連絡も取りたくない相手なのだが、彼女が残した中味の分からない置き土産がとてつもなく気になっている。


(あのババアは私を怒らせて、私のこの焦れったい状況を作るのも計算通りだったんだろうな。アレはそういうの得意だし、好んでやる)

現状と自分の感情を弄ばれてる事に、新しい怒りが生まれそうだったが今はそれ処ではない。



「何か手を打たないと」

一人呟いた音は返事する者無く、彼女自身に聞こえるだけだった...




◇◇◇





「『飛びさかな』...ここか?」

宿から乗り合い馬車と歩きを合わせて一時間程。ロメオは工房街にある飯処に来ていた。



ニ日前に出合った胡散臭い冒険者―ゲタックジョーとの約束で彼の仲間を交えて話し合うと決めた場所。

ココに来る途中、正確に言えば工房街へ足を踏み入れた途端に鉄と工業油の臭いが漂ってきたのだが、この店の中からは食欲をそそる油の匂いが飛んでくる。席は仕事終りに揚げ物を摘まみながら酒を浴びる者で溢れていた。



「おおい!ロメオ、ここだ!」

店内に入ると二日前に会ったドワーフ(もど)きの人族ヒューマン、ゲタックジョー・タナーが大声で名を呼ぶ。


彼の声が聞こえた場所に向かうと円形のテーブルに四人の男女。ゲタックジョーに加え、尖った耳が目立つ、閉じているのか糸目なのか分からない中性的なエルフと、褐色の気弱そうな男に、これまた褐色の気の強そうな女。



彼等の顔が見える程近付いたが、その席の雰囲気を感じ始めるとテーブルに就きたく無くなり、足が止まってしまう。

(明からに歓迎されて無いじゃないか...)



もっと言えば、ゲタックジョーはジョッキ片手に朗らかな様子で呼び出しているが、その顔はどの位殴られたかは知らないが、殴打されたあとが目立つ。会った時には無かったハズだ。



(こんなケガをしているのにそこまでして酒を飲みたいのか?やっぱドワーフなんじゃないか?)


エルフは苦笑いで出迎えて、褐色の男は大柄でガッチリした体格にも関わらず所在無さ気にオロオロとして、女に至っては睨み付けている。話し合う気はあるのだろうか?


何を憤っているのかは知らないが...女性にあからさまな敵意を持たれるのは尋常じゃないくらいへこむんだ。物凄く帰りたくなる。



「いやぁ、待ったぞ!さ!早く座らんか!」

そんな空気に構わず席を勧めるゲタックジョーを恨めしく思うが、最低限話は聞こうと思い此処に来たのだ。とりあえず席に着く。


「よく来た!早速自己しょ「待ちな!」


「あぁん?なんだカーリン。勝手に来た部外者は黙っとけ!」


「アンタが黙ってな!ジョー!」


ゲタックジョーの喋りを大きな声で遮り、その抗議を一喝して女が話始める。

オレンジの髪を後ろで束ねた女はゲタックジョーを略称で呼ぶが、彼とは違い年はかなり若く見える。自分とそう歳は離れてないだろう。



「ロメオって言うんだって?アタシはカーリン。冒険者じゃないけどこのロクデナシと弟のエデビスがパーティーを組んでるから今日は勝手に来たんだ」

隣にいるずっとオロオロしている男の肩を叩きながら彼女―カーリンは話し掛ける。どうやらこの若い褐色男女は姉弟らしい。



「誰がロクデナシだ!」


「オ・マ・エ・だ!お前しかいないだろ!皆に断りもなくヤバげな依頼を受けて、勝手に知らない(もん)と組もうとしてんだ!そんな奴はロクデナシに決まってる!」


周囲を気にせずに急に喧嘩が始まってしまったが、エデビスと呼ばれた男とエルフの男は止める気は無いらしい。

今も二人の顔を恐る恐る交互に見るエデビスはともかく、エルフの男は笑いながら喧嘩を見ているので、酒の肴にしているのだろう。




店員も一度コチラを見たが喧嘩両人の顔を確認すると仕事に戻ってしまった。

(いつもの事なのか?)

そんな喧嘩をしている二人の会話を聞いて思ったのは彼女が情に厚い事だ。どうやら冒険者とは言え、気弱そうな弟を危険から守る為にここまで来たらしい。


姉弟愛かお節介かは知らないが、家族の為に行動する彼女に称賛を送りたいが......

ただ、せめて自己紹介位はさせて欲しかった。知らない人達と挨拶も無しに席を共にするのは気まずいだけだ。



「っと、すまない。私は別にアンタの事を悪く言うツモリは無いんだ。ただねぇ、来てもらって悪いけど帰ってくれないかな?コイツのパーティーに知らない奴を入れたくないんだ」


「おい!勝手に決めるな!今から」


「うるせぇ!」


そう彼女が大声を上げるや否や、喋っていたゲタックジョーが鈍器で殴られたような音と共に勢いよく床に沈む。

「さっきからぁ声がデカイんだよ!ちったぁ静かにしやがれっ!!アタシが話してんだぞ!」


(アンタもデカイよ...)

そう口にしたかったが義憤に駆られる彼女はもとより、そこいらの冒険者の拳よりも、威力がありそうな一撃を目の前で見せられると口をつぐむしかない。

というかゲタックジョーは大丈夫だろうか?



全く動かないゲタックジョーを凝視したが、カーリンは構わず話を続ける。


「とにかくさ、コイツは金の為ならなんでもする男だから碌な事にはならないよ...昔からこうなんだ。コイツのせいで私達ドワーフの名誉がどんだけ傷付けられたか」



「イテテ、何をしようとワシの勝手だろうに。それにな、ワシの格好にドワーフ共が似ているのが悪いのだ!カーリンなんて胸の大きさはワシとどっこいどっこいだぞ。女の身でそこまで真似せんでもいいの」


復活したのも束の間、悪口を言った瞬間に再度床に沈むゲタックジョー。



「それは言い過ぎですよジョーさん」

「兄貴ぃ」

大した心配もせず、ようやく会話に入った丁寧口調のエルフと悲しそうな声のエデビス。



「ハハ...っ!ト、とんでもないヤツですね!」


ゲタックジョーの言葉に釣られて、チラリとカーリンの胸部を見てしまい、「確かにその通りだな」と思って笑った訳ではない。


そして自分の視線に気付いた彼女が、怖い目付きで咎めるので誤魔化す為に出た笑いでもない。


女性に対して不遜な事を口にするゲタックジョーに対して渇いた笑いが出たのだ。


(そうだ!ゲタックジョーが悪い!)

そういう事にするロメオ。決して彼女の拳の威力が怖い訳ではないのだ。




「ハァ~...とりあえずコイツはこんなどうしようもない奴さ。ただ、金への嗅覚は尋常じゃないからどこからか変な話を持ってくるんだ。その内容もほとんどが碌でも無い物ばかり。持ってきた本人と一緒だね」


だからさ。と言って、


「アンタも早く帰った方がいいよ。今後はエデビスがコイツを見張っとくからさ。何かあれば私が黙っちゃあいないから」


遠回しに今後関わると自分が出てくると、脅しているように聞こえるが彼女はそんな人物ではないだろうと思う。

善意で俺の身を案じている様だった。



「...それは出来ません」


だが、その言葉は否定させてもらう。


「....どうしてだい?」

期待外れの返答に対して剣呑な雰囲気を放つカーリン。先程までの善意を持った彼女は消えている。



「貴女が見ず知らずの俺を信用出来ない様に、俺も初めて会った貴女達の事を信用出来ないからです。今日ココに来たのもタナーさんに尾行されて、隠していた魔法を見られた事が切っ掛けですし。だからこそ、その仲間の貴女達を信じることはできない」



「おいおい、ジョー!お前は脅して連れてきたのか!?」


「チガウゾ違うぞ!ただ何と言えばいいか..ちょっとな...」


狼狽(うろた)えるゲタックジョーの胸ぐらを片手で掴みながら、本日一番の怒りの形相を見せるカーリン。もう一方の手の拳は既に振りかぶる準備は出来ている。


(リベラルシャドウについて話してないのか...以外と義理堅いのか?)

初めの印象が胡散臭い人物だったので素直に驚いている。仲間内にも話さず義理立てしたのだろうか?

もしそうだとしたら...



ロメオは直感でそれを信じ、道を決めた。

そうすると頭の中で考えていた色々な事も1つに纏まった。

何故か自然な笑みも込み上げて来る。



「待って下さい。確かにバレて焦りましたが、ここに来たのは俺の意思です。タナーさんと、その仲間がどんな人達か分からないので話し合いに来たんですよ。...残念ながら喧嘩ばかりで話は出来ませんでしたが」

笑顔で皮肉を言うロメオと対称に、バツが悪そうにカーリンは顔を歪める。



そしてロメオは言う。


「だから俺の魔法を言い触れ回すか、そうではないか、判断が着くまでパーティの内側から監視させてくれませんか?」



その言葉にテーブルの緊張が高まる。

そして言葉を紡ぐ。


「それに、なんたって俺達は冒険者だ。危険だろうが一攫千金に夢を持ってますから。ドンと来いですよ」

言葉と一緒にドンっと自分の張った胸を拳で叩く。



そのロメオの言葉にエルフは変わらずニコニコしたままだが、エデビスはウンウンと頷きながら目を輝かせる。カーリンはヤレヤレと溜め息をつき、宙ぶらりんのゲタックジョーは「その通りだ!」と言ってカーリンの手を払い地に足を着けた。



実際に、冒険者の琴線に触れるように、格好付けて言ったツモリのこの発言に嘘は無い。

監視をするのは本当で、今は武具の為に入用いりようなのも事実である。エルフの男とエデビスは分からないがゲタックジョーは顔も広いしだろうし実力もあるだろう。特に自分を見付けた時の彼の捜査能力と隠密性は侮れない。利用出来る事は多いはずだ。



「セナケイ、エデビス!いいだろう!?」

「ジョーさんが決めたのなら私は構いません」

「お、俺もロメオ君を入れるのに賛成だぁ」




そしてなにより、彼等が自身をどう扱うのかも興味があった。

特殊な魔法を持つ自分を仲間として扱うのか、使い捨ての手足として扱うのか...



(まぁ、出会ったばかりで判断するのは尚早だけど、彼等がそんな事をするとは思えないな...)

元貴族階級のロメオは出自から人の悪意に敏感で、その様子から彼等に悪意が無いと感じ始めている。



それでも、旅で人の汚い部分を多く見た経験がどうしても一握りの猜疑心を呼び起してしまう。


前者なら彼等からグリンジョンについて色々と学ぼうと思っている。そうなればソロで活動するよりも実力も伸びるだろう。そうしていつか、信頼出来る様になったら自分の事を話せるかもしれない。


だが後者なら?そして最悪の場合.....



(もしそうなった時にはっ!...俺には修羅の道を進む覚悟はある!)



「...なぁロメオ。そんなに早く決めていいのかい?」


「ええ、決めましたよ、もう。本当はもう少し話を聞いて考える予定だったんですけどね、カーリンさん達を見てたらコレで良いかってなりました」


「ふーん?」

「...本当ですよ。本当に」


「...ま、いっか。少し引っ掛かるけど、エデビスも本気みたいだからアタシはもう止めないさ。アンタも覚悟があるようだし精々頑張りな!」


そう言うと、気持ちの良い笑顔で拳を突き出すカーリン。

横では話は終わったとばかりにゲタックジョーを含む男3人がウェイトレスにアレやコレやを注文している。ロメオとカーリンの飲み物も勝手に決められたようだ。



(あるんだけど...なぁ。願わくばリベラルシャドウについて話さなかったゲタックジョーの意外な義理堅さと、カーリンの人柄が本物であることを願おう)


この光景を見ると胸が痛いが、それをひた隠して、ロメオも笑顔で拳を突き返した。




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