57.踏み出す彼女を送る歌を
本日二度目の更新です。
6日16時にも投稿があります。
初夏の鮮やかな青空の下、王都の大聖殿にて王太子の婚姻の儀がつつがなく執り行われた。国教ともいえる【世界】信仰において、婚姻の儀式の出席者は近親者のみ。それは王家といえども例外ではないらしい。
もちろんそれとは別に披露パーティーが盛大に催されるため、灯花とエドガルドは盛装に身を包んで王宮で最大規模を誇るあのホールに赴いていた。
白薔薇が会場を飾り、広大なホールがその香りに満ちている。香水は控えめでと事前に聞いていたが、なるほどこの香りならその方が良いのだろう。この日のために開発された新種の白薔薇は、王太子妃ブランドとして祝いと共に国中に広がっていく。
そんな絢爛な空間の隅で演奏する楽団の中に、姿勢を正してじっと出番を待つ歌姫ルシアの姿があった。
◇
その発端は二ヶ月ほど前に遡る。
灯花がエストラドゥリア公爵家のコンサバトリーでフロレンティナと茶会を楽しんだ数日後に、支援の話を詰めるためカイトを辺境伯家の王都邸へ招いていた。
「――――王太子殿下直々に、ルシアさんにご指名が?」
「はい……披露パーティーでエストラドゥリア公爵令嬢のために歌を披露してほしいと」
依頼は代理人経由で詳しい事情はなく、ただ「彼女のために歌って欲しい」というものだったという。
ルシアは無難に祝いの曲にするか、何か事情がありそうなので別のものが良いのではないかとずいぶんと悩んでしまったようだ。そこで丁度カイトが辺境伯家へ招かれていたので、フロレンティナと仲の良い灯花に内密に相談ができないかと思ったという状況だ。
「もしご迷惑でなければ、どうかご助力願いたく」
深く頭を下げるカイトの頭を上げさせながら、灯花は考え込む。
今のところ推測でしかないが、フロレンティナがここ最近妙にふさいでいることは王太子も知るところであったのだと思う。しかしフロレンティナのあの様子を考えるに、王太子に何かあったかと尋ねられたところで正直に答えることは決してないだろう。
そこでどうにかしたいと考え、フロレンティナが好きな物の力を借りて彼女を元気づけようというのは的外れではないと思える。事情をつまびらかにできないため、中途半端になってしまってはいるが。
しかし灯花の独断でフロレンティナの事情を話すというのも問題がある……と悩んでいると、隣に座るエドガルドが妙な顔になっていることに気づく。
「エドガルド様、如何なさいました?」
「あ……いや、その件なんだが、俺が発端かもしれん」
灯花がエストラドゥリア公爵家に招かれた日の翌日、議会場から退出したエドガルドは王太子に捕まっていた。
フロレンティナの様子がどうも気にかかる。彼女の父であるエストラドゥリア公爵いわくただのマリッジブルーだということだが、最近フロレンティナと仲がよさそうな灯花からなにか聞いていないか……という相談だった。
エドガルドは特になにも報告を受けておらず、力になれそうもないと答えるしかなかった。しかし先日の観劇の誘いは歌姫ルシアの話題から始まったものなので、ルシアに関係するものなら元気のないフロレンティナを楽しませることができるのではないかと提案したらしい。
流石は公爵家。家族のことは長に筒抜け……などと思いつつ、灯花は情報の整理をする。
王太子もフロレンティナも、お互いを思いやっているものの遠慮も強いせいでイマイチ双方伝わってない。
物語のように燃えるような恋ではないが、王太子がフロレンティナへ向けるのは、ちゃんとした深い愛情だと灯花には思える。婚約当初に無理をさせてしまった負い目か何か、はたまた立場上なものかは分からないが遠慮がちになっているようだが。
フロレンティナのほうも当初の決意や淑女教育あたりが枷になっていて、好意を伝える表現が必要以上に控えめなのだろう。
優秀なふたりのことだ、結婚後にでも時間をかければ次第に問題は解決していくのだと思う。分かりやすい愛の歌にして変につつくより、さり気なく背を押すような爽やかな歌が良いのではないだろうか。
「結婚はスタートって言いますし、旅立ちを祝う歌詞……みたいなもの、とか……?」
「旅立ち……ですと『卒業式』みたいな感じですか?」
「あぁーだいぶ違います……えぇと……」
灯花はうんうんと唸りながらカイトにイメージを伝えようとするが、うまくいかない。エドガルドは門外漢すぎるため、見守る姿勢になっている。『卒業式』を少し気にしているので、あとで説明をしてあげようと灯花は頭の隅に置く。
「…………あっ、ルシアがあの曲に歌詞をつけたいと言っていたんです」
「あの曲……例の賛美歌の?」
「はい、別に僕が作った曲でもないので許可を出してまして……」
実はルシアは、カイトの事情を先に軽く聞いていたらしい。夢共有の第一号者として、カイトのほうから声をかけていたためである。そもそもそういった事情があったため、あの場に証人として呼ばれたのだろう。
そうして元から夢の世界に憧れを持っていたルシアは、灯花とカイトの話を聞きながら歌詞を書きたいと思いついた。ルシアが持っているあの夢の世界への憧れと、カイトが創る物語という新世界への楽しみを重ね合わせた前向きな歌詞になっているらしい。
説明だけだと灯花にはピンとこないが、実際に歌詞を見たカイトがこのタイミングで思いついたのなら丁度良いのではないだろうか。少し宗教上の問題が出てきそうなのだが、表面を【世界】賛美でくるんで調整すれば大丈夫だとカイトは判断している。
「庶民向けの歌だったら聖殿もうるさくはいわないのですけれど。王族の婚姻の場では流石に……」
「まあ、流れの芸人も【世界】に対して不敬なことをよく言うしな」
「へぇー……王城も聖殿も寛容っちゃ寛容なんですね」
国教ではあるが王権神授説で支持されている王政でもないため、王城もそのあたりは緩い。
そういった意味ではエドガルドのように各地の守護者とされる存在のほうが、よっぽど宗教に近いのだろう。そう思い灯花はエドガルドをちらりと見るが、当の本人はどこ吹く風といったところだが。
後日にルシアとその話をするということで、改めて話し合いの日程を整えることになる。ルシアには申し訳ないがなんとか慣れてくれと、灯花は心で謝った。




