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52.歌姫の見る夢

「その、不躾なお願いで大変恐縮ではございますが……奇跡(ギフト)をお使いになる久楽下様にご相談があります」

「私に相談、ですか?」


 カイトの気分が落ち着いた頃、彼からひとつの相談があった。

 いつからか一部の演者が、内容の共通した妙な夢を見ると言う謎の現象が発生するようになったという。

 それはどうやらカイトの夢と同じようなもので、つまりは灯花の故郷の光景と思われるものだった。


「立ち並ぶ灰色の塔。歪みのない大きな硝子の窓。暴れ馬のような速度で整然と走る鉄の箱。色とりどりの光で溢れる夜。不思議な衣服の黒い髪の人々……」

「確かにそれは、日本……の都市部のような光景ですね」


 今は特に害などはなく、ただ不思議な現象だと皆で首を傾げているだけであるらしい。しかし今後もそうであるという保証はどこにもない。

 魔法で説明できない現象を扱う「聖女」である灯花なら何かわかるかもしれない……といった藁にも縋る気持ちであるという。


「カイト殿、それは……」

「エドガルド様、大丈夫です。だって私、もの凄く気になりますから」


 カイトを止めようとしたエドガルドの手をそっと握り、灯花が止めた。

 元・同郷の者が困っているのなら力になりたい。それはユイに何もできなかった灯花の自己満足の償いでもある。

 好奇心を前面に出せば、エドガルドも強く言い難いらしい。いくらか逡巡をしたものの、何があるのかわからないのだから、決して無理をしないことを条件に彼も見守りの姿勢をとってくれた。


 とはいえ謎の現象に対して何かが出来るとは思えないのが現実だ。

 一応は参考のために、当事者をひとり呼んでもらうことにした。

 そのために部屋に招かれたのはフロレンティナが推す歌姫――ルシアという女性だった。




 入室した歌姫ルシアは硬めの面持ちで挨拶をし、灯花に着席を促されてソファに浅く腰を下ろした。

 今、最も人気と言えるであろう彼女は高位貴族の支援者も多いため、貴族対応も慣れたものかと灯花は思っていたが流石に緊張しているらしく、どうも動きが硬い。

 考えてみると、こういった場には殆ど出てこない辺境伯が灯花の隣にいるので当然かと静かに納得する。彼女らにとって初対面の貴族とはなかなかに恐ろしいものであるので、その考察はあながち間違いではない。


 実際のところは、証言のために呼び出されたと思ったら高位貴族の前に座らされたという緊張感に耐えているだけである。立たせたままなのはどうかと……という心遣いが空振りどころか逆効果になっていたことを後に知った灯花は、あまりの申し訳なさに泣きかけた。


 この件については、事態を一番把握しているカイトが取り仕切ることになっている。とはいえ高位貴族を目の前にしている状況でルシアの緊張を解く時間をとるわけにもいかず、彼女に申し訳ないなと思いつつもカイトは発言を促す。


「は、はい……あの夢を見るようになったのは、この役を演じ始めた頃からです」


 印象に残っている光景は、天を衝くほどに高い塔。それは空をはっきりと映す美しい硝子窓が一面にびっしりと敷き詰められた壁面だったそうだ。他には王都中の人間が入ってしまうほどの人数が詰め込まれた動く鉄の箱や、この劇場以上に数多の光で照らされた建物の数々。

 夢で見た光景があまりにも奇妙で、雑談ついでに役者仲間に話してみればあまりの荒唐無稽さに笑われてしまったという。


「毎日ではないのですが、時折同じような夢を見る日々が続いていたら……そのうち他のメンバーもわたしと同じような内容の夢を見るようになったというんです」

「それは全員が同じタイミングで、同じ内容の夢なのですか?」

「はい……おそらくは……」


 灯花がルシアに確認すると、曖昧な肯定だった。そもそも夢の記憶などというものは曖昧なものだ。例え見ていたものがぴったり同じ夢だったとしても断定は難しいだろう。


「そして彼らのその夢は、僕が起点となっていると思われます。……僕もまたほぼ同じものを見ているので」

「なるほど……?」


 カイトの夢が、演者を含めた舞台スタッフと共有されているらしい状況。正直に言えば、灯花にはさっぱり意味がわからない。 


『共有……呼応、共鳴……接続……せつぞく?』


 ぶつぶつと声に出して考えをまとめようと試みると「魔法で説明できない現象」と「接続」という単語がほんの少し繋がった様な気がする。

 奇跡(ギフト)を発動するとき、灯花は自分と世界の繋がりを感じることがある。転生者であるカイトもまだ自覚をしていないだけで、実は無意識に奇跡(ギフト)を発動しているのではないだろうか。

 そうやってなんとなくの仮説は立てられたものの、それを証明に導くための手段がわからない。


「カイトさん、世界の感じかたってわかりますか?」

「えっ、それは、わかりません。すみま……せん……?」

「灯花、それをわかれというのは流石に厳しいぞ」


 ひとりで悩んでも仕方がないので、とりあえずそのまま確認するとエドガルドに窘められてしまった。

 カイトと心の距離が空いてしまった気がするし、我ながらカルト宗教の勧誘かと思うのでその反応は間違いではない。しかし灯花とて奇跡(ギフト)の使用を理屈で理解しているわけではないため、説明が難しい。


「まあ……手本を見せてみたらどうだ」

「そうですね。とりあえずはこう……世界に意識を向けていただいて……あれ?」


 うんうんと唸っていると、エドガルドに実践を促される。それもそうだと解説を加えながら試みると、途端に説明のし難い不思議な現象を視認できるようになった。


「カイトさんとルシアさん……何かで繋がっていますね」

「「えっ?」」


 魔力の線のような、他の何かのような。

 そのような謎の糸で世界(・・)と繋がっているカイトと、そんなカイトと細く繋がっているルシア。今まで見たことのないような光景が、今の灯花の目には広がっていた。

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