49.幸運のお守りと覚悟の証
あけましておめでとうございます。
元日なので早めです。21時の更新はありません。
灯花の指輪の話が一段落したので、次はエドガルドのものである。
結局ネックレスを作ることにしたのだが、現在は男性のネックレス流行は下火である。ついでに言えば、現在のチェーンネックレスの主な利用者層は聖職者が主らしい。
とはいえ、これから作りたいのはどちらかというとお守りの意味が強いため、元々衣服の下に着用するので問題ないとエドガルドは言う。
「でも、この綺麗な石を隠すのは勿体ない気もします」
「俺からすれば、この石を見せびらかさずに済むのは嬉しいんだがな」
「またそういうこと言う……」
この人がモテないと自称するのは詐欺なんじゃないかと、最近よく思う。
本音を言うならば灯花本人のことも自分の懐に隠しておきたいのだと言う気持ちを一切隠さぬ声色に、彼女のほうが照れてしまう。
灯花は奥ゆかしい日本人なので、もう少しお手柔らかにお願いしたい。
あの騒動で指輪の話をしてから数ヶ月。
さんざん悩んだ末、灯花が選んだモチーフは馬蹄になった。率先して危険へ赴くエドガルドへの魔除けと幸運のお守りである。そこに同じ石と蔦の彫りを入れれば、灯花の指輪と似た印象のものになるはずだ。
ついでに日常的に身に着けたいものなので、頑丈なチェーンが似合うものがいい。
要望を伝えたその場で、デザイナーが迷いなく木炭を走らせる。
その光景を興味深く眺めながら、灯花は以前エドガルドから聞いた話を少しだけ反芻していた。
考えたくはないことだがエドガルドが森で死亡した場合、その遺体が戻らないことへの覚悟が必要だという。森に遺体を放置するとアンデッド化する危険性があるため、場合によってはその場で燃やして骨を砕いておかなければならない。
だから万が一そうなってしまった場合でも頑丈で身に付けやすいものがあれば、それだけはきっと灯花の所へ帰れるから嬉しいとエドガルドは言った。
要するに死亡証明と形見、あとは灯花の覚悟の証。
だからこれは、要素の殆どを灯花が考えることにした。
それとは別に、そういう状況なら一般の兵向けに認識票でも作れないかと考えが飛び、あとで提案しようとまで思考が巡ったところでラフスケッチが出来上がった。
「太めのチェーンが合うとなると少し大きめになりますが、閣下の体格であれば問題ないかと存じます」
「…………ここにこのサイズの石がついていると、どうしても女性物っぽく感じますので、邪道かもしれませんが側面に石ってどうですか?」
「せっかくの良い石が前から見えにくくなりますが……もう少し下部の厚みを増やしてバランスをとりましょうか」
灯花とデザイナーのやりとりにエドガルドが口を挟むことはなく、何度かスケッチを描き直したのちにデザインが決定する。設計図が出来次第連絡があるということなので、灯花はそれを楽しみに待つことにした。
なおエドガルドが口を挟まなかったのは全面的に灯花に任せていたのもあるが、彼女があまりにも前のめりなのでタイミングが難しかったらしい。特に不満などは無いと言うが、灯花は少しだけ反省する。着用者の意見は大切だ。
でも仕方がない。エドガルドが灯花を飾るのを楽しんでいるように、灯花もエドガルドを飾りたいのだ。だから仕方がない。そう考えた灯花はだいぶ開き直っていた。
実際のところは、真剣かつ楽しそうな灯花を眺めていたら時間が過ぎていっただけなので、ただのお互い様である。
ところで後に灯花が一般兵向けに提案したドッグタグだが、団長のホースシューにあやかってそれを真似た刻印をプレートに入れるのが守護兵団で流行った。
そうして伴侶の無事を願う聖女の心であるホースシューは、その逸話とともに守護兵団の象徴として広く知られるようになる。知らぬ間にそんなことになっていたことに気がついた灯花は、なんともむず痒い気分になったという。
◇
その後数日の間、エドガルドは議会に注力したり騎士団と交流したり、灯花はドレスをはじめとした急遽誂えなければならないものへの対処に追われていた。
灯花の社交用ドレスは領地の職人経由で事前に発注を済ませておいたのだが、今まで本人不在のため出来なかった細かな修正を急いで行っている。まだ高級既製服の仕組みも概念すらも無いため、そういったものの利用が出来ないのは実に大変なことであった。
ついでに灯花は高級注文服のサロンなんて場所とは今まで無縁だったため、何よりも精神的な疲労が蓄積されていく。今までとは文字通り住む世界が違うのだと実感する羽目になっている。
なお辺境伯領では、温厚な中年女性の職人と和やかに会話しながら日常着の注文ができたため、気張らずに済んでいたのだ。ああ領地が恋しいと、灯花は現実逃避をしながら疲労に耐えた。
予定の合間に宝飾工房から連絡があり、デザイナーからすぐ上がってきた設計図に対して灯花がゴーサインを出したりしつつも、お互いに忙しく過ごしていた。
忙しくてあっという間という気分と、慣れないことだらけでやっとという気分が混ざった灯花は、疲労感と解放感を持って「劇場デート」の日を迎えた。




