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46.公爵令嬢という存在

「――――こいつは間者だ、これを連れてきた奴も捕らえておけ。西の伯爵代理だ」

「は…………はっ!」


 エドガルドは騎士でもあり、辺境伯が持つその称号は各騎士団長と同じ力がある。もちろん組織としての指揮系統は別ではあるが、こういった事態では上位者として騎士に協力を要請できる。


 間者と伯爵代理を捕らえるためと人員変動のため警備の騎士が大きく動くなか、エドガルドへふらりと近寄ろうとしたら、もう暫し待てとレグロ侯爵夫人に止められた。

 確かに、今エドガルドや騎士の意識を逸らすのは得策ではない。冷静な夫人に感謝を告げ、この事態に自分も動揺しているのだと灯花はようやく気づく。


 突然の捕縛劇に周囲がざわめく中、逃走を試みていた伯爵代理が確保されたらしい。エドガルドが腕を捻り上げていた女性共々、どこかへ連行されていった。

 その最中で警備隊長と思わしき騎士と話をしていたエドガルドが、足早に灯花のもとへとやって来る。


「灯花、あれの尋問に少し時間をとられる。レグロ侯爵夫人、すまないが彼女をもう少し――――」

「閣下、もしよろしければパートナーのおもてなしをわたくしにお任せしてくださらないかしら?」


 不躾とも言える強引さで割り込んできたのは、豊かで艶やかな長い髪を緩く巻き、大輪の花を思わせる立ち姿のひとりの令嬢――王太子の婚約者であるエストラドゥリア公爵令嬢、フロレンティナ・ヴェンセスラス・エストラドゥリアであった。


 ◇


 レグロ侯爵夫人が付き添ってくれるということで、それを条件に灯花とエドガルドはフロレンティナの誘いにのることにした。実際のところ、一対一で公爵令嬢と相対できるほど灯花は自らの社交スキルに自信がないので、侯爵夫人の申し出は非常に有り難い。

 なお、多少の騒ぎはあったものの中止するほどではないと判断されたため、始まったばかりの夜会は続行となった。そうして戻ってきた賑わいを後にして、灯花はエストラドゥリア公爵家の控室に通されていた。



「エリファロス子爵令嬢の件では、クラシタ様にお手数をおかけいたしました」


 紅茶を手ずから淹れたフロレンティナを前に、灯花は硬直しかける。もともと何の用かの予測がつかなかった上に、あの件で謝罪をされるとは思っていなかったため、思わず動揺してしまった。


「あらフロレンティナ様、それはわたくしがお聞きしてもよいお話?」

「ええ。だって夫人はご存知でしょう?」

「まぁ……そうかもしれないわね」


 公爵令嬢と侯爵夫人が朗らかに笑い合っている。なんだか少し怖い光景だが、見かねたレグロ侯爵夫人が時間を稼いでくれたおかげで、灯花は少し落ち着きを取り戻せた。


「その件は私は大したことはしておりませんので、どうぞお気になさらないでください。でもあの、どうして……?」

「決して脅かしたいわけではないの、どうか楽になさって。その、彼女が少々問題のあるグループに属していたことは、元々わたくしも把握しておりまして……」


 デシデリアが属していたのは思い込みが激しい娘たちが集まるグループで、同時に虚言も多いため、フロレンティナは派閥の上位者としてしばしば窘めていたという。

 しかし茶会だ観劇だと頻繁に活動していた今までから一転し、子爵領に一度帰ってからというものの、デシデリアはぱったりとそれらの場に姿を見せなくなった。それを訝しみ少々調べてみると、子爵夫妻が揃う中で彼女だけが辺境伯領に新年の挨拶へ訪れなかったことが判明した。


「さらに調べてみますと今は郊外の聖殿施設にいらっしゃるとかで。これは辺境伯家と何かあったのでは……と、まず考えるべきでしょう? それでクラシタ様と閣下のご関係と、彼女の閣下に関するこれまでの言動を鑑みますとひとつの考えが浮かびますし……」


 フロレンティナはそれらの情報だけでほぼ正解に辿り着いていた。実際にデシデリアが何をし何を言ったかの詳細までは流石に知られていないが、驚きである。

 そしてその情報を参考に、当事者であろう灯花に鎌を掛けて答え合わせが完了したということだ。あの場で咄嗟にとぼけることが出来ない灯花の経験不足を利用されたとも言うが。


 なお聖女という存在について過激な行動に出そうな気質の令嬢たちには、調査と聞き取りをした上で個別に対処したらしく、他にも妙な行動に出た者がいたら知らせてほしいとのことだった。


「今回は相手が強すぎたわね、トウカさん」

「はい……以後気をつけます」


 レグロ侯爵夫人が穏やかな微笑みのままでしっかりと総括する。

 幸いというべきか、フロレンティナに辺境伯家や灯花への害意などはそもそもなく、ただ確認と謝罪がしたかっただけらしい。


「わたくしがもっと早くに彼女を見抜いていれば、きっとここまでの事態にはなりませんでした。だからお詫びがしたいのも本心で……よかったら、なのだけれど王立劇場で当家が通年押さえている席をご利用にならない? いま良い舞台をやっているのよ」


 彼女があの件にここまで責任を感じていたとは驚きだが、派閥の令嬢の行き過ぎた行動はそのまま派閥の女性全体の評判にも関わってくるため、慎重な対処が必要なのだろう。

 彼女が元々真面目なのもあるだろうが、生まれながらに人の上へ立つことを定められた者の気概とはこういうものかと感心するしかない。


 しかし該当の舞台に心当たりのある灯花がもしや……と確認すると、やはり異世界ロミジュリのことだった。

 その舞台は気になることだし、せっかくなので劇場で作家に会う機会はあるかと確認してみると、なんと公爵家側で手配をしてくれるらしい。

 お詫びを受け取ったらむしろ借りを作ってしまった気もするが、フロレンティナは楽しそうにふわりと笑いながらこう言った。


「なら、感想などを語り合いたいわ。わたくしそのお話の大ファンなんですの」


 なんと、詫びを口実にした布教活動も兼ねていたようだ。

 どこの世界でも、同志を求めるオタクは逞しいのである。

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