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45.社交界の女性たち

 女性には女性の世界があるため、レグロ侯爵夫人に友人たちの紹介をして貰えることになった。渋るエドガルドを宥めて――彼は彼でレグロ侯爵に連れていかれた――灯花は気合を入れる。


 今日の灯花の装いは、黒い騎士礼装のエドガルドに合わせて作ったワインレッドのボールガウンに黒のオペラグローブ。化粧も久しぶりに濃い目に施したし、周囲と比べて見劣りはしないはずだ。ラナやメイドたちが頑張ってくれたので、自らの顔ではなく彼女らの努力に自信を持つことにした。



「――まぁ、やっぱりライムンド夫人の教え子だったのね」

「はい。とても良くしていただいています」

「わたくしの娘もお世話になっていたのよ。夫人はお元気?」

「えぇ、ご病気なども特になく。今回は王都にご一緒しまして……今は一時的にお帰りになっています」

「そうなの。じゃぁ、あちらに連絡してみようかしら?」


 話題のライムンド夫人とは、灯花の作法の教師である老婦人のことである。なんとレグロ侯爵夫人の友人の娘にも教え子がいたらしく面識があり、発音に似た癖があることを見抜かれた。こういった世間の狭さは少し面白い。

 ライムンド夫人は今、休暇を兼ねて一時的に息子の所に滞在している。灯花の教育はまだ頼む必要があるが、お互いが王都に居るなら家族に会っておいて欲しいと思ったからだ。

 だが彼女は彼女で同世代の友人らと交流がある。現在の灯花の振る舞いは巡り巡ってそこからライムンド夫人に伝わるので、その情報で後に評価されるという。頑張らなければならない。


 そうして次々と変わる話題の中で灯花が色々と教えてもらったり、逆に故郷での知識から食と美容や健康の話をしたりと和やかに進む。貧血や冷え性の話は特に食いつきが良く、女性の悩みは異世界でも共通らしい。

 珈琲についても話題にしておいたので、今後のレグロ侯爵家になんらかのお返しができると良いと思う。


 しかし貴族ならなんでも魔法薬(ポーション)を使うと思いこんでいたが、日常的に使えるものでもないし、そもそもこういった慢性化がしやすい症状にはあまり効果もないらしい。

 そういえば原則として病気に対しても意味がないと聞く。癒しの奇跡(ギフト)もそうだが、どういう仕組みなのだろうと灯花は今更気になりだした。

 そうこうしているうちに「辺境伯領の潤沢なポーション事情」みたいな感想を持たれてしまい、誤解を解くのに少し苦労した。辺境伯領とて、ポーションは大怪我をした兵のために使うものである。あくまで緊急時の対応だ。




 レグロ侯爵夫人の友人の姪が灯花と話をしたいということで、話題の区切りのタイミングで成人を迎えたばかりの令嬢の集まりに押し込まれた。そうなると、あっという間に歳下の可愛らしい少女たちに囲まれる。レグロ侯爵夫人が後ろで見守っているので……つまり逃げられない。


「聖女様、辺境伯閣下はとても恐ろしいお方だと聞き及んでおりますわ」

「ええ、脅されたりなどはされていませんか?」

「もしそんな事になっているのであれば、私たちが力になります!」


 どうやら少し夢見がちな、正義に燃える少女たちの集まりだったらしい。デシデリアによる悪評の名残だと思われる。「すわ社交界の洗礼か」と少し身構えた灯花は猛省した。


「皆様、ご心配ありがとうございます。エドガルド様はとてもお優しい方ですので私は今とても幸せですよ」

「まぁ、そんな……」

「聖女様はなんて健気なお方なの……」


 なんだか令嬢たちの中で「孤高の魔王を癒やす献身的な聖女」のようなイメージに移行してしまった気配がする。しかしこれならエドガルドの風評の改善を進めることができるのではないだろうかと思うと、悪い流れではないはずだ。


「えぇと、あのお方は一見無愛想ですが、けっこう尽くしたがりみたいで……婚約が整ったばかりの頃なんですが――――」


 選んだ話題はちょっとした小話。日中はお互いの仕事で離れていることが多いため、夕食後に並んで話す時間を作ってからのことだ。

 あの頃は寒くなりだした時期で、辺境伯領の防寒具といえば毛皮――実は魔物素材のものも多い――が主流である。灯花は本物の毛皮の重さにどうも慣れず、異世界に来て筋力が強化されてもなお肩が凝る気がしてならないという悩みを雑談ついでに相談していた。


 エドガルドが率先して色々試した結果、ウールも良かったが選んだのはキルティング。

 軽い外套が好みならキルティングの外套はどうかと、ライムンド夫人がお勧めしてくれたものだ。ラナが家政婦長(ハウスキーパー)に相談したところ、エドガルドの母の持ち物にほどほどの装飾のキルティングのマントがあったので、今はそれを借りている。貴族の持ち物なので、表地に装飾としてレースや刺繍がしっかり入っていたりすると一気に重量が増える。ほどほどで助かった。

 ついでに日本で着ていたダウンコートの話をエドガルドにしたら、まずはダウンで灯花のマントを作ると言い出してあっという間に話が進んでいた。贅沢な話である。


 ちなみに牧畜に難のある辺境伯領だが鳥なら比較的可能なため、森から離れた領境付近で高品質なダウンの生産をしている。よって、ついでにダウンウェアも売り出せないかの検討もはじめた。

 灯花のマント試作はそのための一歩なので、無駄遣いでは決してない、はずだ。


「まぁでも……一番温かいのはあの方の腕の中なんですけどね」


 このくらいの年齢で夢見がちな性格なら好む話題だろう……という目論見もあり、秘密を教えるようにこっそりと惚気を追加した。実行するのは照れるが他人の恋バナは娯楽。きっとこれは異世界でも共通。

 その対象であるエドガルドがつい先程喧嘩を売ってきた貴族を脅していたなんて事実は無い。いや、むしろあれ位は普通のことだ。真偽はともかく、今の灯花はそう思い込むことに決めている。


 頬を染めてきゃぁきゃぁと控えめに騒ぐ少女たちに手応えを感じてホッとする。でもこんなに純粋で大丈夫なのかと若干心配になりつつも、そんな少女のうち一人が何かに気づいた。


「あっ…………せ、聖女様……あちらなのですけれど……」


 少女が火照っていた顔を一気に青ざめさせる。

 どちらかというと彼女の体調のほうが気になる中で目に入ったのは、エドガルドと距離の近い豊満なスタイルの女性。こちらからは遠目の横顔しかわからないが、エドガルドは顰め面をしていないものの無表情だ。


 慌てる少女たちと訝しむ灯花を横目に、女性がすっと手を差し出すとエドガルドもその手を取り――――――――――腕を一気に捻り上げた。




(まぁなんか……妙に警戒しているようだったし……)


 あの警戒はエドガルドが持つ妙齢の女性に対する不信によるものかと思ったが、どうやら不審者が紛れ込んでいたようだ。

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