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44.「聖女様」という装置

「やあ聖女様、お噂はかねがね。ぼくがレグロ侯爵、オレガリオ・ヴィタ・レグロだ。オレガリオと呼んでくれ」


 ここは王城の宮の中でも最大の広さを誇る由緒あるホール。魔石をふんだんに利用したいくつものシャンデリアの下で、きらびやかな光景が広がっている。

 エドガルドによる紹介を経た「侯爵」ことレグロ侯爵が、その光景を背に灯花に向けて優雅な礼を見せる。元々の予定では先に挨拶を済ませておく予定だったのだが、レグロ侯爵領にてトラブルが続いたらしく、彼が王都に到着したのが土壇場になり現地での初対面となってしまったのである。


「レグロ侯爵閣下、お目もじが叶いまして光栄に存じます。トウカ・クラシタと申します」

「オレガリオでいいんだよ……ああ、そこの大男がうるさいか」

「閣下、お戯れはほどほどに願います」


 にこやかさを一切崩さないレグロ侯爵に、エドガルドが無表情のまま苦言を呈す。とはいえ、エドガルドも言葉のように苛立ってはいないように見える。

 齢四十歳を超えているというレグロ侯爵は、まだ残る謎の若々しさと貫禄の同居する不思議な印象の男性だった。

 彼も若い時分、不意の事故で爵位を急に継ぐことになってしまった。その時に自らの地盤があやふやな状態で放り込まれた社交界や議会にて、エドガルドの両親によく助けられたのだという。


「そうそう。エドガルド曰くクラシタ嬢が特に気にしているということでね、珈琲豆をまず取り扱ってみようと思うんだ。流通はもう少し先になるが、その時は改めて意見を聞かせてくれるかな」

「まぁ、それは……微力ながらお力添えになれればと存じます」


 老婦人に鍛えられた微笑で、灯花は難なく返答をする。

 これはエドガルドから先に聞いていた話なので、予定調和である。漂流人という特殊な立場である灯花の能力を多少は知らしめておく必要がある、ということだった。

 周囲に多数の目と耳がある今、敢えてこの会話をする理由がそれだ。彼女個人が何らかの利をもたらす可能性のある存在であるというアピールである。

 レグロ侯爵家が交易に力を入れているのは有名なので、これだけで何のことなのかがわかるらしい。生家という後ろ盾を持たぬ灯花は、こうして少しずつ自らの価値を示しておかねばならない。


 同様の理由で灯花が奇跡(ギフト)を封じた魔石の存在も、どこかで披露されるべきかの検討がされたがそれは保留になっている。王族の防衛機構に組み込めないか検討中のものを公表したくない王家と、灯花の聖女としての能力を必要以上に明らかにしたくない辺境伯側の事情が合致したためだ。


 それでも灯花の注目度が上がると危険も増すと予測されるため、日常の護衛も増員されてしまっている。

 辺境伯の後見があったとはいえ、使用人と似たような立場として特に供もなくフラフラと出歩いていた一年前の王城時代とは大違いである。思い返せばそういった側付の業務は放棄されていたのかもしれないが、特に害されることはなかったので実に幸運だった。

 一年前、王城で『彼女』の影として雑に扱われていた自分が今は華やかな場にいる。人生何があるかわからないものだ、と灯花はしみじみ思う。


 軽く挨拶が済んだ頃に公爵家を含む王族の入場が進み、国王が厳かに会の始まりを告げた。

 灯花とエドガルドは義務程度に踊り、すっと踊りの輪から離れる。

 練習で彼と踊るのは楽しかった記憶しか無いが、注目を浴びているこの本番は緊張しっぱなしで記憶が綺麗に飛んだ。エドガルドはちゃんと踊れていたと灯花に言うので、たぶんきっとおそらく大丈夫なのだろう。そうやって灯花は自らを納得させた。


 ◇


「――ですがやはり、聖女様も王都におられたほうが楽しいでしょう?」

「王都は賑やかで素敵ですが、やはり私は辺境伯領が好きなので……」

「聖女様の故郷のお話、私共にも色々と教えていただきたく――」

「でしたらレグロ侯爵閣下が、今ご準備なされている珈琲を是非お試しに……」


 挨拶もそこそこに、あからさまに「聖女様」を取り込もうとする人たちに囲まれている。エドガルドに肩を抱かれているため距離は十分確保されているが、それでも人の圧が凄い。

 そうやって順に対処をしていると、やたら喧嘩腰な人にもあたった。


「陛下方の安全のためにも、聖女様には再び王城にお住まいを移していただくのが最善ではありませんか。閣下は如何お考えで?」

「そちらに関しては、既に考えがあるので口出しは無用だ。そうだ、話は変わるのだがつい最近辺境伯領にワイバーンが二体も降りてきてね……ああ、幸いなことにすぐに対処ができたので既に危険は無い。しかし今後何らかの理由で彼女がいなくなってしまったら私は傷心のあまり……同様の事態が発生しても見逃してしまうやもしれんな」


 気がつけば、真っ直ぐ喧嘩を売られたエドガルドが真っ直ぐ脅していた。

 辺境の守り手である辺境伯が、ワイバーンほどの危機を素通しすることは許されないことである。しかし相手が空を飛ぶ生物である以上、地に立つ人間が対処しきれないなんてことは、可能性として決して低くない。この世界に人間が空を飛ぶ魔法は存在しないのだ。

 ついでに言うと過去に数代前の当主がキレた結果、他領に魔物を送り込んだことがある前例がある。その逸話を思い出したのか、脅された当人だけでなく周囲の人らも若干ひきつり笑いになってしまった。


 この喧嘩相手は確か王家派の下位貴族だったはずだと、挨拶時の名前と頭に叩き込まれた名簿を参照する。もしかしたら『聖女ユイ』と同じ様な立ち位置を望まれているのかもしれないが、彼女に何があったかを知っている身としては御免被りたい。


 必要だから我慢しているだけで、灯花は今でも出来る限り王城に居たくないと思っている。どうしてそうなったのかの理由を知っているエドガルドがその意思を無視する勝手な要望を認めるはずもなく、徹底的に拒絶する姿勢だ。少々オーバーキル気味ではあるが。


 結局この場所で必要とされているのは、名の要らぬ「聖女様」という装置なのだ。それを改めて思い知り、やるせなさを感じた灯花は作った微笑みの下で溜息をついた。

お読みいただきましてありがとうございます。

番外編(旧番外編3)が開始となります。久々の王都です。

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