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43.灯火の花はここで咲く

 灯花が護りの奇跡(ギフト)を封じることに挑戦したワイバーンの魔石は、実験に無事成功する。属性が上書きされたのか白と表現してもいいであろう色に変化し、後に確認した魔法士の夫婦が歓喜していた。

 しかし成功したのは良いものの、万が一の時の防御策として持ち歩くには絶妙に難しい大きさと脆さのため、貴重な品として王家に献上されることになった。もちろん、王家懐柔策のひとつとして。


 そしてその効果は、使用者の周囲に空気以外のすべてを遮断する膜を張るもの。

 わかりやすく身を守れる効果だが持ち歩きに難があるため、最終的に御料馬車や国王の寝室に置かれることになるのではないかと、エドガルドが微妙な表情になったのは余談である。


 ◇


 そうして二体のワイバーンによる強襲事件の後処理を急いで済ませ、灯花とエドガルドの姿はヴァリデガラート辺境伯領から遠く離れた王都郊外にある共同墓地にあった。


 この墓地は平民と貴族で区画は分かれているものの、中央地方の小さな領地を持つ下位貴族や法服貴族なども含めた多様な層が利用する場所である。

 そんな広い敷地にある多数の墓のうちひとつが『聖女ユイ』のためのものだった。


 ただ「ユイ」とだけ彫られた白い墓石に白百合と季節の花を添え、灯花は両手を合わせて目を瞑る。この世界における墓参りの作法は別に存在するのだが、彼女に対する祈りはきっとこれが最適だろう。

 一年前、王城を去る前に改めてユイの名を確認されたため本名を伝えるべきか少し迷ったことがある。しかし彼女は「ユイ」として生きたかったのだろうから、結局「ユイ」とだけ伝えた。


 思えば、ユイとは個人的な話などをあまりしていなかった。自分は彼女の好きな色すらも知らないのだなと、灯花はまだ種類の少ない花を選びながら思った。

 結局、貴族や富裕層の顧客向けに温室を持っている商会へ手配した白百合――特別好きそうには見えなかったが、よく彼女の部屋に飾られていたもの――と、共同墓地周辺の花売りから購入した名を知らぬ素朴な花を供えることにした。

 

 彼女の魂は故郷に帰れたのだろうか、それともこの世界を巡るのだろうか。【世界】信仰の教えは輪廻転生とは少し違うものなのだが、灯花は仏教の生死観が染み付いているのでそんなことを考えてしまう。


 もはや推測でしかないが、故郷から流れ落ちたユイはこの世界を受け入れられず、手に入れた奇跡で以って自らの夢想で上書きをしようとしたのだろうと、今なら思う。

 けれど、当然ここにはここの理がある。だから結局、排除されてしまった。

 彼女がこの世界を受け入れる手段として奇跡(ギフト)が与えられたが、それは世界に受け入れてもらえるための繋がりでもあったはず。


 辺境伯邸に落ちた灯花は非常に幸運だった。けれど元々高位貴族に保護されていたらしいユイも、似たような状況ではなかったのだろうか。

 灯花にはエドガルドとラナがいた。ユイには誰もいなかったのだろうか。


 自分と彼女の命運を分けたものが何だったのかの答えが出ることはもう無い。けれど戒めも兼ねたこの問答を、これからもずっとしていくのだろう。

 なにかが違えば、あの場で殺されたのは灯花のほうだったのかもしれないから。


 祈りを終えた灯花は、静かに立ち上がった。



「…………もういいのか?」

「はい」


 エドガルドが差し出した大きな手を取り、そのエスコートに従って墓地の馬車寄せへ向かいゆったりと歩く。

 今は傍らにラナもクレトもいない。薄い雲が広がる高く澄んだ青空の下、少しずつ暖かくなりはじめた空気に冬の終わりを感じながら、灯花は意を決して口を開いた。


「――あの、エドガルド様は愛称ってありますか?」

「幼少期には両親にエドと呼ばれていたが――――ああいや、その、アンヘリタが……」

「アンヘリタさん?」

「“エドガルド”と発音出来なかった幼い頃に……エルド兄様と、呼んでいた」


 エドガルドの柔らかいバリトンが、灯花の鼓膜を震わせる。灯花はアンヘリタの声を知らないが、彼の中にはまだ幼い妹の声が残っているのだろう。


 それとは別に、エドガルドが今まで抱えていた感情のひとつに見当がつき、少しだけ申し訳なくなった。

 灯花がイルデフォンソを「イルド叔父様」と呼ぶことになった時に、どうも複雑そうだったのはそういうことかと納得する。知らぬこととは言え、似た愛称の相手を先に呼ぶことになっていたとはと反省した。


「では私も、そうお呼びしたいです。……その、お嫌なら控えますけど」

「正直嬉しい。だが叔父上に先を越されていると思うと暫く妙な顔をしてしまうかもしれん……先に謝っておく。すまない」

「言ってくださればよかったのに」

「……タイミングが難しかった」


 実は灯花も最初にタイミングを逃してしまったため、呼び名を変える機会を探っていた。お互いが同じように距離感を測っていたため、無駄に足踏みしていたようだ。


「トウカは、ご両親からの呼び名などは何かないのか?」

「私は元々が短い名前なので特に無くて……あ、じゃあ、お願いがあります」

「わかった、何でも言ってくれ」


 気が逸るのか、エドガルドは内容も聞かずに願いを叶えようとする。この灯花の可愛い人は、こういった大型犬に似た人懐こさを時折見せてくれるのがたまらなく愛おしいのだ。


「発音をほんの少し……直してほしくて。故郷での発音は『灯花』なので」

「なるほど…………トゥ、トウ……ト……灯花、か?」

「はい、エルド」


 妙な照れくささを誤魔化すように、指を絡めて握る。

 すると大きな手で優しく握り返されて、心に温もりが灯った。


 まだ少し冷たい追い風が赤い房が混ざった黒髪を攫い、撫でるようにその背中を押す。


 灯花はこの世界で、エドガルドの隣で生きていく。

 領民のために自ら危険へ赴く彼が、帰って来る場所の灯火でありたいから。




 異界から舞い降りた灯火の花は、自らの太陽を見つけて辺境伯領に根を張る。

 辺境の地で多くの民によって長く語り継がれていくおとぎ話が、こうしてまたひとつ増えて広がっていった。

番外編2、完結です。お読みいただきまして、ありがとうございました。

辺境伯領の聖女としての灯花と、ファンタジー世界な舞台のお話でした。


たくさんのブクマや評価といいね、とても励みになりました。

感想も本当にありがとうございます。


しばらく悩んでいましたが、結局今までの番外編表記を本編表記に直すことにしました。

方針がコロコロと変わってしまい申し訳ないのですが、初心者による初めての連載ですので大目に見ていただけますと非常に有り難いです。


旧番外編3(新・番外編)もまだありますので、引き続きお付き合いをいただけますと幸いです。



ちなみにイルデフォンソは、エドガルドがアンヘリタにエルドと呼ばれていたことを覚えていないので別に意地悪とかではないんです。展開上フォローの場がないのでここで……。(女性親族とは年に数回会えば良い方な付き合いをしていた弊害)

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― 新着の感想 ―
[一言] タイミング…婚約発表(1章ラスト)がベストでしたね。思いきって提案すれば灯花のハジメテを奪われずに済んだろうに(言い方
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