42.大きな魔石の使い道
あの後、強敵の討伐で高揚した兵らの尽力のおかげで、ワイバーンに追い立てられて街周辺に散っていた魔物の脅威はあっという間に去っていった。
灯花はそのまま身体を休めたが、エドガルドは引き続き詳細な報告を受けていたらしく、彼女が癒しの奇跡を怪我人に使用したことも彼の知るところになる。
「すみません……隠したいと言ったり勝手に使ったり……」
「状態の危うい者を助けたのだから俺から文句があるものではない。ありがとう」
いつもより遅い時間のいつもの居間で、灯花とエドガルドはクレトが淹れたハーブティーで温まっていた。
湯を使い汗も流してさっぱりしたところで、灯花は気兼ねすることなくエドガルドに寄りかかっている。しかしエドガルドは散々走って戦ったであろう疲労を欠片も見せないため、どんな体力と精神力を持っているのだろうとふと思う。
「ただ王城対策は何か必要になるかもしれない。……いや、正直なところ癒しの奇跡はセイジョユイ程度だと思わせておけばまだいい。むしろ護りのほうの汎用性がなかなか高いことが漏れるとな」
「あちらの方になんらかの利益を渡せて、なお且つ私が辺境伯領に居たほうが良いと思わせれば良いんですよね」
「まあ、基本的にはそれで抑えやすくなるだろう」
エドガルドは感情を隠すこともなく、苦い顔をしながら思案する。灯花もどうしたものかと考えるが、こういった事態への経験値が足り無さすぎて何も思い浮かばない。
「それを考えると、トウカがワイバーンの討伐に加わってくれたのは良かったのかもしれん。……俺個人としてはもう止めてほしいところだが」
「私はあれで、ああいう緊急事態の立ち回りの訓練をしたいと思いましたけど」
「つまり、止める気が一切無いんだな?」
エドガルドはわざとらしく盛大な溜め息をつきながら、灯花の腰をぐっと引き寄せる。彼女は申し訳ないような気持ちもあるが、あえて誇らしげに言うことにした。
「だって私は、辺境伯領の聖女ですから」
「ああ、そうか…………そうだな」
かつて、つらい記憶で占められた王城から逃げてここまで帰ってきた。
けれどもう灯花はどこにも逃げない。
だってここには、エドガルドがいる。ラナや大切な人たちがいる。沢山の大切なものがある。
灯花の幸せは辺境伯領にあるのだ。
エドガルドも灯花の決意を感じ取り、一部が赤くなった髪に触れながら複数の感情がないまぜになった表情を見せる。
灯花のことは、危険から出来る限り離しておきたい。しかし彼女のその意思が、自らの隣を望んでいることの証であることへの喜びを隠すことはできなかった。
「…………できるだけ、こういう事態が起きないようにすれば良いってことだ」
「それはまぁ、こんなことはもう無い方が良いんですけど……?」
長い溜息の後で何やら思案し始めたエドガルドに対して、灯花は表情に一抹の不安を浮かべる。
これのせいで兵たちにしわ寄せが行かねばいいな……と心で願っておいた。
◇
翌日、解体の済んだワイバーンの魔石がエドガルドの元へ届けられた。
それはエドガルドの拳ほども大きく、あのワイバーンの巨体に見合うずしりと重いものだ。見た目の印象は、深い緑色で少し透明感のある原石である。
このまま加工を施せば、美しい裸石になるだろうと思う。実際のところ、魔石というものは一般的な宝石より脆く、ジュエリーに用いるようなやり方は向いていないそうだ。
とはいえ質を求めなければなんとかなる程度。庶民の間では、貴族や富裕層が使い切った小さな魔石を処分価格で譲り受け、軽く研磨を施したものがお手頃価格のイミテーションとして出回っているという。
「それでだトウカ、これを使ってみないか。奇跡の付与を試したいと言っていただろう?」
「えっ。失敗したら割れてしまいますけど……」
「どうせもうひとつあるから片方を実験に使ってみるのも有用だ。このサイズなら多少割れたとしても再利用できるだろう」
エドガルドが森で討伐したほうが身体の大きな個体だったため、比較するとあちらのほうが良質な魔石である可能性が高いという。よって、どうせふたつあるなら片方を研究利用に回すのもひとつの手だろうということだった。
そしてこの大きさの風属性の魔石――あのワイバーンの属性に沿ったものらしい――は、そもそも使い勝手に欠けるとのことなので、むしろほどほどの大きさにまで割りたい気持ちもあるという。
準備も手際よく済んでいて、中の魔力は既に魔法士の手によって他の魔石に移動されている。つまり、中は既に空になっているのだ。
そういうことなら……と、灯花はごくりと唾を飲む。
好奇心が勝った彼女は深呼吸をし、思い切ってワイバーンの魔石に手を伸ばした。




