38.辺境の守護者
「――これぞ辺境の守護者ですね。お見事です」
戦斧を受け取りながら、クレトがエドガルドを称える。辺境の守護者とは代々の辺境伯のことを指すが、別の意味もある。
赤い髪であったとされる初代になぞらえた辺境の伝説で、エドガルドのような赤い髪の当主はその再来と謳われる。それは【世界】が認めたこの地の守護者であるというものだ。
その炎のような赤色は【世界】による大地の加護が髪色として表出したもので、それを持つ当主は誰もが優れた戦士であったという。辺境地方でのみ有名な逸話だが、聖殿により正式に記録されているものである。
「その名は重すぎて敵わんのだが……叔父上に連絡は?」
「これをお渡しした後に、すぐ狼煙を上げています」
別働隊のイルデフォンソにワイバーンの出現を知らせる連絡――匂いが殆ど出ない特別製の狼煙――はクレトが既に行っているので、あちらも既に移動の準備を始めているだろう。こちらも積み上げた魔物の死骸とワイバーンの処理をさっさと済ませなければならない。
そのための指示を出しイルデフォンソとの連携を思案し始めると、そのイルデフォンソ当人が姿を見せる。しかし急いで来たのか若干息を切らせ気味で、かつその表情は少し強ばっていた。
「――――エドガルド!」
「叔父上、こちらの討伐は完了しました。何か……」
「ワイバーンがもう一体いた! そっちは下手したら森の外へ逃げたぞ!」
「もう一体!?」
イルデフォンソが狼煙を確認したタイミングで、もう一体のワイバーンと思われる影が狼煙方面へ向かって飛行するのが確認された。しかし急旋回ののち、イルデフォンソたちの頭上を飛び越えて森の外方面へ飛び去っていったという。
同族を屠るエドガルドの魔力圧に当てられた可能性がある、というのがイルデフォンソの見立てだ。
「あっちは撤退準備を始めている。こっちは俺が引き継ぐ、お前は砦まで戻れ」
「わかりました、ここを頼みます。場合によってはそのまま砦を離れます」
「ああ、あいつは随分とヘタレなようだ。さっさと魔石をいただいてこい」
「戻ってくる可能性もありますので、その場合は――」
「もちろん、任せろ。倒せずとも時間は稼いでおいてやる」
ニヤリと口の端を吊り上げるイルデフォンソに思い切り背中を叩かれ、喝を入れられる。
イルデフォンソは常々、自分ではワイバーンの翼が精々で首は落とせないと言っている。しかし嘗ては兄に、今は新米領主である甥に花を持たせようとしているだけで、それを成すだけの実力を十二分に備えているとエドガルドは考えている。
エドガルドはクレトのみを連れ、後を気にすることなく森の砦へ急ぎ引き上げることにした。
◇
森の砦へ戻ると、ワイバーンやエドガルドの圧に怯えた魔物たちが外へと押し寄せた後処理を兵たちが行っている。あまりの物量にいくらかの討ち漏らしが発生したため、各所に伝令を送る準備を進めている最中であった。
砦に残っていた警備の大隊長がエドガルドに気づき、早足で駆け寄ってくる。
「――ああ、よかった! 団長、半刻ほど前に小型のワイバーンが領都方面へ飛行していくのを確認しました!」
「把握している。各所への連絡の状況は?」
「領都へ向けてのものと、領都方面の街道警備隊小砦に向けてのものが既に出発しています」
砦の兵たちは現場判断で迅速に対処していた。ただし、ワイバーンがどのような経路を飛ぶか次第では早馬による伝令では間に合わない可能性もある。陸の影響を受けないため、どこへ行くかの予測が難しいのが厄介だ。
「方向外の草原へ向けてのものは、討ち漏らし対処と同時に?」
「はっ。そろそろ出せます」
「わかった、予定通りにやってくれ。俺は領都へ急ぐが、ギリェルモ砦長は後に戻ってくるから以後はそちらに従うように」
「はっ」
既にワイバーンは遠く、どこかにいる影を肉眼で確認することはできない。
最悪の事態を想定して逸る気持ちを無理矢理落ち着かせ、赤い髪を風に晒しながらエドガルドはただ馬を走らせた。
「どこかで怖気づいて、慣れた森に帰ってくれれば良いんだがな……!」




