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32.王国と辺境伯領

 年始の騒々しさを周囲に助けられながら乗り越えて、社交と議会のために王都へ向かう準備を始める。その傍らで、灯花は守護兵団本部の調薬室を訪れていた。


 現在、魔法薬(ポーション)精製のために魔法士ふたりと薬師が王城から派遣されてきており、その作業の合間で魔法士らに魔力操作の指導をお願いしている。彼らの研究のために奇跡(ギフト)を見せることが条件だが、快く受けてもらえた。

 魔法を使えるエドガルドもオスヴァルドも感覚派だったので、困っていたのだ。フロラは魔力量はそれなりだが、その操作の素養はないらしい。魔法のある世界ではあるが、魔法士はなかなかに貴重だということだ。


 漂流人特典なのか体質なのかは不明だが、灯花はなかなかの魔力量を備えているらしい。ただ、その魔力は特殊な性質を帯びているため、通常の魔法を使用するには向いていないと判断された。

 とはいえ、奇跡(ギフト)を使うにも魔力は使用されるため、効率の良い運用ができないかの試行錯誤をしている。


「では今日も、空の魔石の充填からお願いします」

「わかりました!」


 これは準備運動のようなもので、貴族の子が魔力操作のためにまず学ぶことでもある。

 魔石とは、魔物の心臓に生成される魔力を持った石のこと。火・風・水・土のいわゆる四元素の属性を持ち、これらは道具に組み込まれて日常的に使われている。

 魔石と四元素という概念で、日本に居た頃に気分転換でやっていたスマホゲームを灯花は思い出していた。世界は違えど、人間の発想は似たようなところに行き着くものだと感心するしかない。


 魔力を指先からそっと絞り出し、周囲の魔素を巻き込んで魔石の中に封じ込める。これだけの操作だが、定着させるのは難しい。

 魔石はもともと魔力を含んでいる物体のため比較的容易だが、ポーションは普通の液体を対象に操作を行うので難易度が跳ね上がる。ポーションが高価なのも、むべなるかな。

 ちなみに、通常の魔法が使えない灯花が充填した魔石は普通に使用できる。魔石器がなんらかのフィルターになっているのだと思われるので、魔法士のふたりが喜々として研究対象にしていた。


 そういったように高価なポーションを大量に必要とするのが、ヴァリデガラート守護兵団。しかし、その組織の性質上、魔石を大量に入手することができる。

 魔物の討伐で得た魔石を国中に売って、ただポーションを買うのではなく王城から技師を派遣してもらう。なかなか豪快なやりとりだと灯花は思う。


 正直、魔石の収入だけで辺境伯領は潤っている。しかしエドガルドを含む歴代領主は驕奢を好まず、それらを惜しげもなく兵団の運営と領の発展に注ぎ込んできた。街道や運河の整備により物流は徐々に改善され、今の領都の賑わいに繋がっている。

 しかし運河は辺境伯領の境界付近までのものであり、それほど大きいものではない。深く長い運河は監視が疎かになり、水棲の大型魔物が住み着いてしまう危険性があるという。この地は本当に厄介である。


「はい、問題ありません。本当はこの魔石にトウカ様の奇跡(ギフト)を封じられれば良いんですけれども」

「……あれ、割れてしまうのは何故なんでしょう? 手応えは感じるんですが」

「ふむ……それは魔石の等級の問題かもしれません……が、あれ以上高等級のもので試すのは少々ギャンブルですね。とはいえ気になりますので、ご領主様に是非ご提案を」

「検討してみます。……エドガルド様のお守りに良さそうなのに、高等級の魔石は例え完成しても大きくて携帯性に問題があるしで悩ましい……」

「まぁまぁ、ご領主様と仲が良く……喜ばしい限りです」

「そちらもちょいちょいお話が耳に入りますよ」

「あら、お耳汚しを」


 空の魔石には、ある程度までの威力を持つ通常の魔法なら封じ込めることができる。それを利用して何かできないかと考えるも、どうも現実的とは言えないようだ。


 魔法士の女性と笑い合っていると、部屋の奥で粛々とポーションを精製していた魔法士の男性の咳払いが聞こえる。このふたりは夫婦で、よくコンビを組んで辺境伯領まで派遣されているそうだ。

 魔法士は素養が大きく関係してくるので女性が比較的多い。家に姉が多くて持参金が望めず、良い嫁ぎ先も見込めない貴族女性の働き先として人気がある。更にそこでは職場結婚も多いため、嫡男ではない貴族男性にも人気があるという。どこの世界も婚活は大変なのだ。


 ちなみに薬師の男性は午前中にポーション原液を作り、午後を使って辺境伯領の薬師の指導をしたりしている。これは国による支援の一部でもあるらしく、国と領が良い関係を築いてきた成果なのだろう。


 その後は普通の精製水に魔力を定着させる練習の失敗を続ける。練習ついでにポーションを作れれば少しは貢献できるかと思ったが、あまりにも甘い考えだったと途方に暮れるしかなかった。

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