29.恋する蕾
本日2話目の更新です。
11日16時にも投稿しております。
「なんで……なんで貴女ばかり!? わたしの方がお兄様のことを愛しているのに! いつか指輪を持ってプロポーズしてくれるってずっとずっとずっと待ってたのに! こんな岩山みたいな外見を選ぶ女がいるなんて思わなかった! なんでオマケの貴女なんかに!」
顔をくしゃりと歪め、再び泣き出しそうになった自分を叱咤したであろうデシデリアは、魂ごと叫ぶような勢いで、今までの感情を暴露していった。
初めて会った時は怖かったこと。すぐにその隠れた優しさを求めるようになったこと。
貶して傷つければ自信をなくして女性を近づけなくするだろうと思ったこと。
未婚の子女たちとの関わりが始まる七歳頃から、所属するグループとそこの姉妹を経由して、じわじわと若い令嬢たちにエドガルドの悪評を振りまき、浸透させていったこと。
そうして時間を作り、自分が淑女として美しく育つのを待ってもらうはずだったこと。
無能のオマケが聖女だなんておかしい。自称聖女の化けの皮を剥ぎ、騙されているエドガルドを助けるんだと決意して、辺境伯領までやってきたこと。
「だってそうすれば、お兄様はわたしだけのお兄様になってくれるじゃない……完璧な淑女になれば、選んでくれるはずでしょう……?」
それは相手のことを見ていない、歪んだ独占欲の末路。そもそもエドガルドは自らの伴侶に“完璧な淑女”なんてものは求めていなかった。彼が望むのは辺境伯領を「何もない場所」だなんて思う相手ではなく、同じくらいの温度で領地を愛する志を持ったパートナーであったはずだ。
灯花だってまだまだなのだろうけど、それでも辺境伯領と領民に向ける気持ちは彼に伝わっていると思う。
(しかしなんともまぁ、自分勝手で……狡猾な)
デシデリアの企みが途中まで上手く行ってしまっていたのが、彼女が踏み留まれなくなった原因か。
ただ、年齢差によるタイミングを考慮すると、彼女の工作がなかった頃も見合いは上手くいっていなかったため、元々の風潮と噛み合ってしまった不幸な出来事でもあるのだろう。
デシデリアは小さな世界に捕らわれて、灯花のこともエドガルドのことも好き勝手言っている。彼女が懸命に作り上げた淑女の仮面なんて既に粉々だ。ただ、これで理解ができた。
大人として、子どものおいたを許し、成長を待つ姿勢では駄目だった。
彼女に必要だったのは、女として対等の立場での対応だったのだろう。とはいえ、十も年下の初対面の未成年からそんなものを求められても正直困る。
けれど、同じ人を好きになった誼なのだ。
彼女の真正面に立たなければと、灯花は腹をくくる。
「デシデリアさん」
「…………」
名を呼び、灯花が彼女をじっと見つめると、デシデリアも負けじと睨み返してくる。それは涙で化粧が滲んだ顔だが、その瞳の敵意はまだ失われてはいない。
「貴女の言う愛って何ですか? 否定の言葉を連ねて選択肢を奪っていくことや、自分がつけた傷が勝手に癒えるのをじっと待つことですか? それは、他者へ向ける愛ではないと私は思います」
一見無愛想な態度の中にあった、エドガルドの優しさを知っている。
かっこいいと褒めると、大げさなまでに照れる可愛らしさを知っている。
懐中時計を手に想いを伝えてくれたとき、震えていた手を知っている。
巨大な魔物にも臆せず立ち向かうという勇猛果敢な男が、ただひとりの無力な女へ想いを伝えることに、ひどく怯えたことを知っている。
「――だから」
だからこそ、はじめから彼女を許してはいけなかった。
恋に恋するこの毒花の蕾を、踏み潰さなければならなかった。
「貴女のプライドを、彼が傷つく理由にしないで」
きっと最初は純粋な想いだったはず。それが年齢差による焦りを核にして変容していった。自分を見てもらう手段として故意に相手を傷つけるのは、悲しいくらいに一方通行で何も伝わらないのに。
エドガルドはデシデリアに嫌われていると思っていた。しかし彼女が幼い頃から罵られ続け、小さく傷つきながらも年長者として導くために対応してきた。
デシデリアは、彼のその子どもに向ける対応が不満で言い返してまた罵る。エドガルドはそんな彼女を上位者として叱責する。
そうして出来上がった関係性が、厳格な父と反抗期の娘だ。色恋なんて一番遠い。
巷の恋物語のように愛を乞われたくとも、何もかもをかなぐり捨ててでも真っ先に好意を伝えなければ、一パーセントの可能性すら発生しなかった事実をプライドが覆い隠す。自分が望む未来のために、想い人が傷ついていくことすら見て見ぬふりをしていた。
灯花の言葉に対し、デシデリアが反射で反論しかけた唇をぐっと閉じた姿を見届ける。
彼女はきっとやり直せる。恋敵にはっきりと突きつけられてのきっかけだが、自分がエドガルドにしてしまったことに、今ようやく目を向けることができた。
恋する少女は幸せを夢見た。でも想い人であるはずの相手の幸せを見ていなかった。
エドガルドは何も言わず、ただ灯花を凪いだ瞳で見ている。
やがてデシデリアから静かな嗚咽が洩れ、静寂に小さな波紋を広げていった。
この毒花の蕾は、灯花が踏み潰した。
エドガルドが問題を起こしたデシデリアをどうするのかはわからない。
けれど、乗り越え再び立ち上がった時には、凛とした美しい花を咲かせてほしい。
だって彼女には、甘やかしながらも成長を見守ってくれる両親がいるから、まずは彼らと向き合ってほしいのだ。
灯花にはもう、両親と向き合う機会が訪れることはないのだから。




