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26.問題児、あらわる

 自ら傷を抉って落ち込むエドガルドをなんとか宥め、さっさと休ませるために寝室に送り出した灯花も、自分が休むためにその隣の部屋へ赴く。

 そう、灯花は今まで滞在していた客室から領主夫人の居室に移っていた。


 辺境伯家の領主邸は、領主家族の居室がある本棟とそれに付属した客室棟。今は使用者が不在だが、後継者が住まう別棟。守護兵団の本部も含まれた政務棟。使用人達の住まいがある使用人棟。その他各種作業小屋も敷地内にある。なんと一族の霊廟もあるという。


 政務棟は一階の一部が領民の出入りが自由になっている建物で、領民から役場と呼ばれている。灯花も現在は政務棟の上階で仕事をしているため、領民の気配が近くなったことが嬉しい。

 なお、政務棟に灯花の執務室を作るかと一瞬検討されたが、エドガルドが自分の執務室の一角を使わせることに拘ったので実現しなかった。

 日中のエドガルドは出歩いていることも多いので、お互いが政務棟に居る時くらいは近くに居てほしいらしい。そんな彼が可愛い。惚れた欲目もあるが、灯花にはもう彼が怖いという評判がさっぱり理解ができない。


 それとは関係ないが、主に兵団本部で業務をこなすオスヴァルドと灯花の仕事場が近くなったため、灯花に仕事を渡しやすくなったオスヴァルドが「義姉さん愛してる!」とのたまった。

 その場でエドガルドから本気のアイアンクローを食らっていたので、兄弟仲が良好そうでよかったと灯花は現実逃避をした。あれは軽口が過ぎるオスヴァルドが悪い、フロラにも軽挙を謝るべきだ。


 そうして年の瀬の業務を捌き、問題児訪問の当日を迎えた。


 ◇


「聖女様、お目もじが叶いまして光栄です。エリファロス子爵家が長女デシデリア・カシルダ・エリファロスでございます」


 淑女の礼を卒なくこなすデシデリアを見て、表情を教師に叩き込まれた微笑みに保ちつつ灯花は内心で溜め息をつく。彼女の姿勢は美しく、礼も綺麗なもの。もうすぐ咲き誇る花の蕾といっても差し支えない。

 だがしかし、その瞳は灯花に向ける敵意をまったく隠せておらず、声色にも不満が滲み出ている。


(なるほど、これは問題児だ)


 プライドを肥大化させ、自らの目に見える部分だけを美しく整えた娘。

 王城で高位貴族の令嬢を見て、教師の老婦人やフロラを含む近隣領地の夫人らと交流した灯花が、第一印象で彼女に下した評価は、そんなところである。


 とはいえ日本で生まれ育った灯花からすれば、十五歳でこれというのはかなり立派なものだと思う。しかしここは日本ではなく、貴族令嬢は十六歳から一人前の淑女と認められるようになる国だ。親戚とはいえ目上のエドガルドや、後にその伴侶になると国が正式に認めた灯花に対する態度ではない。


「辺境伯領でご尽力なさる聖女様に、差し上げ物としては不足かもしれませんがこちらをお持ちいたしました……王都で話題の歌劇を小説にしたものですの」


 挨拶もそこそこに済ませ、デシデリアが本題といえるものを切り出した。なるほど、彼女は祝いにかこつけて灯花に喧嘩を売りに来たらしい。


 最大限に悪く解釈すると「田舎者のお前は最新の流行なんか知らないだろうから教えてやるよ」といったところか。デシデリアが込めた悪意にエドガルドが気づかぬわけもなく、隣から魔力の圧が放たれる。

 奇跡(ギフト)の制御練習を重ねていたら、いつの間にか魔力を感じ取れるようになっていた灯花には刺激が強いので抑えてほしい。


 威圧を向けられている本人はなんのそのと、表面上はにこやかに会話をしている。貴族は平民に比べて魔力が多いが、下位貴族はピンキリと聞く。もしかしたら彼女は魔力を扱う素質が無く、この圧を感じ取れていないのかも知れない。つまり、何故か灯花だけがつらい。


 それにしても、初対面のデシデリアから敵意を向けられる謂われはない。理由も不明だが、もしかしたら『聖女ユイ』の信奉者の一人なのかもしれない。とはいえ彼女が亡くなったことに灯花は一切関係ないので恨まれても困る。

 しかし、それでもないと言うと……思い浮かぶことはそれほど多くはない。


 続けてデシデリアが内容についてさらりと要約しているが「どうせお前は本を読む教養もないだろうから教えてやろう」とでも言いたいのだろうか、被害妄想なのか違うのか判断に悩む。

 この国の文化には確かに疎いが、灯花は故郷で様々な物語に触れている。喧嘩を買ってやろうかと一瞬考えるが、要約された内容に関して疑問を抱く。


(粗筋に何か覚えが――いやこれ、つまるところロミジュリでは?)


 浮かんだ疑問がどうも気になってしまい、その後もいちいち差し込まれる嫌味をすべて流して表面上は和やかに応接を終える。ついでに作者は漂流人ではないかという疑いを頭の隅に刻み込む。

 灯花が嫌味を受け流すためエドガルドは静観の姿勢を保っていたが、圧はずっと洩れていた。結局違うことを考えていたのもあり、まったく大丈夫なので落ち着いてほしいと、見送りで立ち上がる動作に紛れて大きな背中に手を添えた。


「素敵な贈り物をありがとうございます。貴女にも良いご縁があることをお祈りします」


 言われっぱなしも立場上問題なので、別れ際に少しだけ言うついでに鎌を掛ける。

 するとすぐに表情を取り繕ったものの、可愛らしい顔をみるみる歪めて睨まれてしまった。




(――やっぱり。この娘はエドガルドのことが好きなのだ)


 要するに、照れ隠しも過ぎると逆効果ではないか、という結論である。

番外編1の予約投稿を終えました。

12日21時に投稿する部分で完結になります。

細部の推敲はこれからです、がんばります。

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