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25.魔王閣下の悩み

「従妹の方がいらっしゃる?」


 夕食を終え、居間のソファに並んでくつろいでいると、エドガルドから後日の来客予定が告げられた。珍しく、ほんの少しの気の進まなさを見せる彼を意外に思いつつ、続きを促した。


 その従妹とは、エドガルドの叔母の娘。エドガルドの母は、王都近くの中央地域に領地を持つ伯爵家の生まれである。その姉の方が辺境伯家に嫁いだ縁により、妹である彼の叔母もこちらの地方に嫁いできた。

 そして、その娘である従妹の名前はデシデリア・カシルダ・エリファロス。

 エリファロス子爵家は婚約発表後にすぐ挨拶に来られたため、子爵夫妻と嫡男のことは覚えがあるが、娘の姿の記憶は無い。


「叔母上からいつも聞くのは、王都に居座っていて全然帰ってこないということだ。どうせ街のサロンや昼の劇場で友人らと遊び歩いているんだろうが……裕福な家の放蕩娘としてはよくある話だな」


 エリファロス子爵家は産出量こそ多くはないものの、良質な希少宝石が出る鉱山を持っている。それでも子爵夫妻は手堅く真面目な方々だが、娘はそうでないらしい。

 ただ、街のティーサロンは社交の練習場でもあるし、王都邸の執事からも悪い報告はないということで、そこで遊んでいる分には親も見守っている状況だった。

 そんな彼女が急に辺境地方に帰ってきて、そして婚約のお祝いに来るという。もう年の瀬に入る頃で、こちらも忙しいのにとエドガルドは眉を凶悪にひそめて呟く。


 この国では、平民は年始にのんびりとした祭りを行い、貴族は近隣の家への挨拶をする。どうせならそれに合わせればよいものを……と、面倒さを隠しもせずぼやいている。

 そういえば、昨年のこの時期はラナと邸に籠もっていた。言葉の勉強でそれどころではなかったので、新年はあっさりと流れていったことを灯花は思い出す。


 基本的に社交が要らずとも、エドガルドはこの地方の主のような立場である。

 今年は灯花も聖女として婚約者として、その隣で挨拶に来る訪問客を捌くことになる。何も知らなかった昨年から急転直下、立場ががらりと変わった新年のイベントは今から気が重い。その訪問客を受け入れるための準備は、家政婦長(ハウスキーパー)であるラナの母に教えてもらいながら、なんとか進めている。


「それと、あー……念のため伝えておくが……おそらく、あいつは俺のことを嫌っている」

「親戚なのに、ですか?」

「親戚だからこそ、だろうな」


 デシデリアは現在十五歳。かなり年下の彼女には、エドガルドは出会った頃から怯えられてきた。彼女が十一歳を迎えてからは会う機会が年始の挨拶の時のみだが、それを含めても「怖い」「悪魔」「大岩」「大熊」などといった年々増える語彙で罵られてきた。両親がどんなに叱責し宥めても毎年罵倒は続けられ、流石のエドガルドも彼女に会うのは気が滅入るらしい。


 まったくの他人であった灯花からすれば、子爵夫妻に対して「もう連れてこなければいいのでは?」と思うが、そこは甥に対する甘えがあるのかもしれない。

 格上の身分であるエドガルドにどんなに無礼を働こうが、娘は可愛いものなのだろう。年始の挨拶に出られないというのは、彼女の淑女としての立場の問題などがあるのだろうが、そもそもの教育をせねばならぬのは子爵家だ。

 とはいえエドガルドも叔母に対して、あまり強く言えないのが窺える。対象が自分に限定するものなので、無駄に事を荒立てたくないのだろう。


「それに関連しているわけでもないが、今後なにか言われるかもしれない。ついでにこれも伝えておく」


 エドガルドから軽く追加された話題がまた重いものだった。

 以前、彼の婚約事情を当人から聞いたが、実は見合いの中でひとつだけ正式に繋がるものがあったという。相手は王家派の子爵令嬢。家格は低めだが歴史は古い家で、内気な彼女とはあまり話せることもなく婚約が成立した。

 エドガルドも問題を認識しつつ数ヶ月経ち、式の準備などを本格的に進める段階になって、子爵令嬢は書き置きを残して使用人と駆け落ちした。

 捜索の末に彼女はすぐに発見されるが、こんな騒動を起こした娘を辺境伯家に出せる筈もない。慰謝料が支払われ、正式に破談となった。


「令嬢のその後は不明だが、出家させられたか子爵領の隅で平民として暮らしているのではないか、といったところだ」

「それはまた……」

「その後、爵位を継いでから令嬢達による陰の渾名が魔王閣下だ。いったい俺が何をしたんだろうな」

「わぁ……」


 下手に慰めるのも逆効果のように思えて、灯花は何も言えなかった。

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