23.社交界レクチャー
「――そんな感じで、王都では大小様々ですけど貴族向けのティーサロンがいくつかあるんです」
「派閥がバッティングしないように調整するサロン側も大変ですね……」
「そこでサロン側の心配をするお義姉様は、本当に大物だと思います」
ヴァリデガラート辺境伯領の都。その街にある辺境伯家の別邸に灯花は足を向けていた。
くすくすと淑やかに笑う会話の相手はオスヴァルドの妻であるフロラ・ギリェルモ・ヴァリデガラート。ふわふわとした赤色がかかった薄めの茶色の髪の持ち主だ。一見ピンクにも見えるので、そんな髪色もあるのかと初対面の際は失礼ながらも驚いてしまった。
性格は、その見た目の印象を壊さない小動物系というべきもの。灯花に対してもしばらくはオドオドとしていたが、慣れてしまえば年上の灯花にすぐ懐いた。
灯花とエドガルドはまだ婚約段階だというのに、堂々と「お義姉様」と呼んでくるのにはまだ慣れない。これは彼女の夫であるオスヴァルドが灯花のことを「トウカ義姉さん」と呼ぶことに決めてしまった弊害だろう。
今日はフロラに、現在の社交界についてのレクチャーをしてもらっていた。作法の教師である老婦人は、人脈を含め色々と息子の妻に引き継いだため表舞台から随分と遠のいている。よって、辺境伯領に引きこもっているとはいえ、現役のフロラに白羽の矢が立った。
「街のティーサロンはだいたい決まったグループになりますけど、高位貴族……だいたい伯爵家が下位貴族も含めたお茶会を開いてくださるので、そこで派閥毎に交流ができます」
「ああ……そこで例の事件ですか?」
「ええ、その通りです……」
一気に疲労感を見せるフロラに、当時の大変さが伺える。
例の事件とは、エドガルドが以前言っていた「オスヴァルドとフロラの大恋愛」のきっかけ。何度か彼女と会い、フロラと少し打ち解けた頃にオスヴァルドとふたりで話してくれたのだった。
当時のフロラは王家派に属する男爵家の次女だった。実家は領地持ちの家で、規模は小さいが王都にほどよく近い良質な土地だったため、王都にある小さな邸で堅実に暮らしていた。良き淑女となるための練習としてティーサロンにも足を運び、招待されれば積極的に未婚の子女向けの茶会へ赴いた。
そこに突如現れたのは、ひとりの可愛らしい令嬢。彼女はとある男爵家の庶子で、男爵の妾が亡くなったために引き取られたばかりだとフロラは風の噂で聞いた。
本来であれば作法を家で学び、仲間内で社交の練習を済ませてきてからこの場に来るべきなのだが、成金で知られる男爵が無理矢理押し込んできたらしい。
しかしその男爵令嬢は、知らない世界に投げ込まれても一切物怖じをしなかった。薄いピンク色の髪が特徴的な彼女は、世話をしようと近づいた主催家の令嬢をまず雑にあしらう。そして王太子を含めた高位貴族の子息に媚を売り、婚約者がいようがお構いなしに近づいた。
当然、そんな無礼者が好意的に捉えられることはなくすぐに孤立したが――そこに巻き込まれたのが一見ピンク色に見える髪を持つフロラだった。
孤立した男爵令嬢は「周囲にいじめられる無知で可哀想な自分」を隙かさず演出し、詳しい事情を知らぬ者たちに哀れみの感情を抱かせた。
断片的な噂だけで判断した者によって、フロラは様々な場所で件の男爵令嬢と混同されて時には哀れまれ、時には蔑まれた。ピンクの髪の男爵令嬢という珍しい特徴が、同年代の同派閥でふたりも当てはまってしまったことによる悲劇である。
そうして理不尽な状況に抗うことに疲れたフロラの前に、オスヴァルドが現れる。
当時、王太子に侍っていたオスヴァルドは、噂の男爵令嬢をあしらいつつ根本的な解決の手段を探っていた。
たかが庶子の男爵令嬢。不敬として王太子が権力で排除するのは簡単だが、現状は未成年によるただの迷惑行為。下手な強権は、王家の力を削ぎたい議会派に付け込まれる可能性がある。稚拙な行動の数々は議会派内の過激派による工作員である可能性も浮上し、慎重な対応が模索されていた。
そんな状況下で、物陰で気落ちしているフロラをオスヴァルドは偶然見つけ励ました。そして様々な思惑もあり、お互いの合意の上で婚約者候補に見せかけて傍で守りはじめると相手はすぐに動く。
男爵令嬢は自分と似たような特徴をもつフロラが、婚約者の居ない高位貴族の子息であるオスヴァルドに見初められていることにひどく嫉妬する。その嫉妬の衝動のまま動き、フロラを直接害そうとしたところを現場で捕えることに成功した。
加害者も被害者もお互いに男爵家の者だが、被害者が高位貴族の厚い庇護を受けた者ということで天秤は容易に傾けられた。
事件が公になると、問題の男爵令嬢は父親によって迅速に他国へ嫁に出されていった。そして男爵令嬢が特に迷惑を掛けた家々には、男爵家から慰謝料が支払われて事件は収束。
結果的に未遂だったので処分はこの程度で済んだが、かの男爵家は今でも肩身の狭い思いをしているらしい。
その後は、オスヴァルドに感謝を告げ離れようとするフロラと、そんな彼女をこれからも守りたい彼によって攻防が繰り広げられた。
覆せない身分差はあるが、噂の混同と解決過程により一種の傷物となった自分に追いすがるオスヴァルドを無下にもできず、元々惚れていた上で絆されたフロラが首を縦に振り、今に至る。
粗筋や結末などは全く違うが、一部だけを抽出するともう居ないあの『彼女』を思い出す。
灯花が王城を辞することになったあの事件は、数年前に起きたこの件が下地にあったため起こるべくして起こった。そんな気がしてならなかった。
お読みいただきましてありがとうございます。
第二章が開始となります。貴族子女のための学園は無い国です。




